僕を止めてください 【小説】



 部屋に入り、僕はとても立ってはいられずに、ベッドの脇のラグマットの上にへたり込んだ。幸村さんは部屋の入口で立っていた。づかづか入って、好きなところに座るでしょ…いつもは…そう思っても、今の幸村さんがなにを考えているのか見当もつかず、へたり込んだまま僕はまた幸村さんに未だかつて出したことのない指示を出した。

「立ってないでベッドにでも…座って下さい」
「…ああ」

 僕はベッドに腰掛けた幸村さんの足元で、膝を抱えてベッドに寄りかかった。顔を見ないで話せる位置だった。なにを言っても不毛にしか思えず、僕も幸村さんもしばらく黙っていた。

「…タバコ、吸うんですね」

 くだらない質問しか思い浮かばなくて、それでも黙っている幸村さんに僕はこらえきれずに話しかけた。

「…1年くらい、禁煙してた」
「禁煙してたのに…吸ったんですか」
「ああ…待ってる時間が手持ち無沙汰で…タバコでも吸わんと間がもたなかった…」

 そして、はぁ、と溜息をついた。

「…俺には一度も自分から電話も掛けないのに、アイツは誘ったのか」

 ようやく出てきた本音が、それだった。それでも喋ってくれたからいいと思った。

「ええ。後腐れなく、一晩だけって言うんで、それなら都合がいいって思ったから」
「知り合いか」
「いえ。初めて会いました。佐伯陸の使ってた出会い系サイトに書き込んできた人です」
「え…お前、そんなことしてたのか!」

 僕がそう言うと、幸村さんはいきなり大声を出して僕の顔を覗きこんだ。今日初めて幸村さんらしい声が聞こえた。“お前”になってるから怒ってるんだろうと推測した。圧迫感を避けながら僕は目を合わせずそっと頷いた。

「…ええ」
「ええ、じゃない!」
「ではなんと言えば…」
「なんでそんなこと…ええっ? ホントかよ! そんなこと出来るヤツだったっけ? お前は!」
「あ…えと…出来ないって思ってました。佐伯君は無謀だなぁって」
「それなのに、なんで!」
「後腐れなく一晩ってところがすべてです…あと20代で無口なマゾっていう条件に僕がマッチしたので」
「マッチじゃねーだろ!」
「いえ…奇跡的なマッチングでしたので…」
「なんだそれは!! もしかして、これからもお前は同じことやらかすつもりか!?」

 幸村さんは信じられないといった顔をして自分の額に手を当てて上を向いた。結局大事なところはわかってくれてない。何度言ったら良いのかと、僕は何度目かの同じことを説明しようとした。

「…わかってないんですね…僕といると…死にますから…好きになられたら…困るんですから…一晩だけで、見ず知らずの人とやれて、それで発作が終われば、それがベストなんです…」

 だが、いつものマニュアルを口にしながら、僕は味わったことのない違和感に襲われていた。



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