僕を止めてください 【小説】




 小島さんの詭弁は僕の中に産み付けられた“生命”という名の寄生虫に栄養をもたらしたようだった。隙あらば僕を生かそうとするそのしたたかさは驚嘆に値する。その証拠に小島さんの電話を思い出すと、僕の中の狂気が芽吹いてくる感じがした。佳彦の呪いが伝搬していく。でも僕はその呪いを完全にシャットアウトできないでいる。それが出来ないから“呪い”と名付けるんだけれども。その呪いと寄生虫はイコールなのだろう。

 日曜までの数日間、僕は息を潜めて過ごした。その間に、手首の傷は痛くなくなり、僕は痛み止めを飲まなくても良くなっていた。包帯はまだ取れなかった。

 秋の気配が次第に色を増してくる。僕は死に向かってすべてが枯れ始めるこの季節が好きだった。空気も風も色を失い、気温も太陽も衰えていく。涼しさと空虚さが生い茂る草木から水分を奪い、命を維持する装置である葉緑素が分解を始め、次第に自分を養う枝や幹から落下を始める。道に積もっていくその美しい死骸を踏みしめると、形を留める力のなくなった炭素の有機結合が物理的に破壊される乾いた音が、耳に響く。その音は、ともすれば頭をもたげてくる熱を冷まし、違和感をいつの間にか緩和して、僕に束の間の居心地の良さをもたらした。約束の日曜日はちょうど10月の最後だった。




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