僕を止めてください 【小説】


「結局、それで性欲への嫌悪感で虫唾が走る不自由な心と身体になった。で、母のせいで女には興味がなくて、特に年上の女性とセックス関係のものには特にトラウマが刺激される。オナニーも気持ち悪くてする気になれない。性癖もあってどんどん屍体の虜になっていって、男性の屍体しか見たくなくなって、ある日君を知って、君しか見えなくなって、それで今に至るってわけ」

 そこまで一気に言うと、清水センセは吐き出しきったような虚脱した顔になった。止まった言葉をそのままにして、なにか遠くの記憶を思い出しているように、ここを見ていない眼になっていた。僕はなんと言って良いのかわからないし、この余韻を破ることもする気にはならなかった。

「君だから話せたんだろうな。一生話せると思ってなかったから、こんな気持ち悪い話をさ。まさかここで話すことになるなんて思ってなかったよ。頭がぼーっとしてる」

 ボーッとしたまま、清水センセは付け足した。ボーッとしている清水センセに申し訳ないと思いながら、僕は途中から気がついた矛盾をどうしても聞き正したくて、しばらくしてその余韻を破った。

「そんなトラウマ持ってるのに、僕の動画、よく編集できましたね」
「君の動画じゃなかったら、初日でギブアップしてたさ、確実にね」

 ボーッとしたまま、当たり前だ、わかってるでしょ?とでも言わんばかりの調子で、清水センセはゆっくりと確信に満ちて答えた。

「動画の中の性欲への嫌悪は、あの男に対する憤りと嫉妬、そして君への愛と君を知ることが出来た感謝に変わったから。錬金術みたいだね。とはいえ昇華するまでの間に気が狂いそうになったし、その時に僕の精神や心はそれなりに壊れてる気はする。でも、壊れたお陰で、母から食らった好きなものに対する抑圧や我慢も一緒に崩れ去ったみたいだったから、身心が壊れるのもアリだなって思うんだ。壊れたから今がある。それは否定できないな」

 ポジティブなのかおかしいのかなんなのかよくわからない前向きな発言なので、あまりよく理解できない。だが、僕に対する何のためらいもない熱狂的なアプローチは、壊れた結果そうなったということだけはわかった。清水センセの言動は、“しばしば真理を口走る狂人”というような、ギリシャ悲劇かシェークスピアなんかに出てきそうな、例えば、目を潰されて追放され復讐に囚われて気の触れた前王、的なものを感じる。正味、気が触れてるのからだろう。毎度毎度新鮮に感じる狂気だ。想いをそのまま口にすることの躊躇が微塵もない。普通じゃ考えられないだろう。僕ですら母や隆の教えを守って「言わなくて良いことは言わない」ようにしてるのに。だからといって僕がまともである保証もないが。

「まぁ、僕も酷すぎる性行為と人生の理不尽にまみれたからこの仕事に就けたということも感じてますので、同じような錬金術なのかも知れないですね。とにかく先生がなんで僕を犯さないのかずっと不思議でした。例のあの人も、その他の人も、勝手に僕の首を絞めて犯していくので、すごく清水先生は我慢強いのかなって」
「え、あの男以外にも?」
「はい。中学の時」
「ひどすぎる」
「みんな淋しいんです。死ぬほど淋しいんで、言いなりの僕を抱くんですが、報われなくて可哀想です」
「そうだね。母親もたぶん死ぬほど淋しかったんだろうよね。言いなりの僕を抱いてた。それで心は埋まったのかな…」
「たぶん、もっと淋しくなるんですよ」
「ほんとに不倫してくれたらよかったのに……君は淋しくないんだね」
「はい。屍体は淋しくないです」
「良かった」
「でも、周りの淋しい人たちを更に淋しくさせてるようなので…それは心苦しいです」
「それはみんなの勝手だよ。君のせいじゃない」
「そう言って頂けると安心します」

 それを聞くと清水センセは気持ちよさそうに微笑んだ。

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