僕を止めてください 【小説】
「えーっと、ですね。幸村さん以外に、もうひとり重要なキーパーソンが現れてまして」
「えぇ? もうひとりだって? なになになに、そんな人居たの!? 幸村くんからもなにも聞いてないよ?」
「あぁそうか、僕がそのことを寺岡さんにまとまって話せるかどうかわからないと言ったので、幸村さんが3人で話すときにでも俺がざっと説明してやるって言ったんでした」
「じゃあ、知らなくて良いんだよね? いやいや良くないよ!」
「ええ、だから今から僕から白状します」
「白状って、穏やかじゃないな。で?」
「あーえっとー……話せば長い話です。穏やかな話じゃないし」
「うわぁ、ワクワクするね! 聞きますよぉ〜裕の長い話なんて人生で聞く機会ないもん!」
「ああ、ありがとうございます。えっと、ことの始まりはですね、自殺の司法解剖がある時期を境に急激に減った、っていう現象だったんです。しばらくしてから、優秀な検視官がちょっと前に入ったという噂がぽつぽつ流れて来ました。自殺の解剖が減ったのはその医者が原因だと同僚の話でわかってきました。その後、清水センセって言う人らしいと上司が教えてくれて、アメリカで法医学を学んできた放射線科の医者だと。Aiっていうの、知ってますか? 遺体をCTとかMRIで画像診断する手法なんですが……」

 自分でもうんざりする長ったらしい話が続く。情報量が多すぎる。だが、あのとき清水センセは確かに僕の救世主だった。そして逢うと同時に彼は悪魔と変じ、そののちに再び救世主と姿を変えたのだ。他の人に話しても絶対にと言っていいほど理解してもらえることはないだろう。だが、寺岡さんだけはこの関係と経緯を理解以上にわかってくれる、そう僕は信じていた。
 初めて大学で対面したあの日の話しをながら、僕はソファの上のカバンを引き寄せた。その中には清水センセをわかりやすく説明するためのこれ以上ないかも知れない資料が入っている。もうそれはそれは長々しいし真ん中をすっ飛ばすと全く理解し難い彼の存在をどうやって寺岡さんに話したら良いのか、今だって気が遠くなりそうになっている。だから先日、清水センセ宅のお泊りの帰り際にこれを借りることにしたのだ。まぁ、もともと僕にくれると言っているので正確には借りたわけではないんだけど。

「そうそう、これ、寺岡さん実際に見たことないですよね」

 白っぽい大理石模様のテーブルに置いたその本の黒さは黒過ぎるくらいに黒く見えた。寺岡さんは屈み込んでその漆黒をじっと見つめた。そしてその目が見開いた。表紙のタイトルが認識されたようだった。

「裕、なんでこれがここにあるの」
「わかりましたか」
「あの男が来たのか!?」

 寺岡さんは凍りついたような顔で僕を見ると、叫ぶように僕に訊ねた。
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