僕を止めてください 【小説】
「あの、大丈夫ですか?」
「きみがな、いや…私もだけど。それ、松田くんが隠し撮りでもしてたの? それとも誰かに盗撮されてたとか?」
「佳彦が撮ってたみたいです」
「やりそうだけど、ほんとにやってたのか。まぁそれで犯した子脅して口封じしてたんだろうし、やってなきゃおかしいか」
「あ、そういうことですか」
「そうだろうよ! ほかにも全員分の動画があるんだよ、やつの家にはさ!」
「思いつきませんでした。流石ですね」
「ああ、どうせ私達は同じ穴の狢だよ。って失礼だな! いや、違わないけど! で? まだあるの? その動画」
「こっそりコピー取ったのを清水センセが持ってます。見せられました。マスターはまだそのAさんて先輩が持ってるのかも知れ……」
「見せられたの!?」
「ええ」
「見たの!?」
「まぁ、見たくなかったけど、なにも知らされずに動画が再生されて、途中までなにかわかんなかったんで。わかってからはもう見れませんでした。目をつぶって耳を塞いでましたから。でも全部は見せられてなくて、僕の様子を見て彼が途中で止めたので」
「ああ、そう」
「彼はこのDVDを編集して何百回と見たようですが、トラウマになったと」
「ああ、そう」

 寺岡さんの相槌はすでに棒読みだった。僕は重要なことを言うのを忘れていたことに気がついた。

「佳彦を呪ったそうです。屍体の僕を生き返して性欲の地獄に堕として苦しめたって」
「え? 屍体の僕って、裕が教えたの?」
「いえ、清水センセは屍体が好きなんです。だからそのサブカル通販会社のもともと顧客で、顧客からバイトになったと。それで動画を見て僕を屍体だって思ったんですって。動く屍体だって。僕と同じ趣味の人と初めて知り合いになりました」
「え? あっと、待って? 敵なの? 味方なの? なんなの? その清水さんは」

 棒読みをやめてくれた寺岡さんは、再び混乱の渦に逆戻りしたみたいだった。無理もない。僕だって未だに混乱している。

「敵か味方かで言ったら、恩人です。僕をちゃんと殺して、元の屍体に戻してくれるって約束してくれたんで。それでその殺意が本物なので僕は発作から解放されたという」
「AかBかで言ったらC」
「だって敵か味方かってカテゴリーが無効化されるんで」
「ああ、ほんとだわ……この人のこと、幸村さん、知ってんの?」
「知ってます」
「警察だろ!」
「本人も苦悩してました。警察を飛び越えて、生まれてきた意味まで遡ったそうです。それに検視のときに幸村さんと仕事するんで」
「幸村さんも動画見たの?」
「あ! 動画は内緒です! これは僕と清水センセの秘密なので黙ってて下さい。お願いします!」

 僕はテーブルに額をこすりつけるようにしてお願いした。
< 917 / 932 >

この作品をシェア

pagetop