ビター・スウィート



「……あの、広瀬先輩」

「ん?どうかした?」

「『カノンさん』って…誰、ですか?」



恐る恐る問いかける声に、それまでにこにことしていた広瀬先輩は驚いたように表情を固めた。



「えっ……内海が話したの?」

「い、いえ、偶然聞いてしまって……名前くらいしか知らないんですけど、」

「あー……そっか」



納得したように頷くと、また見せられる笑顔。



「俺も知らないや、ごめんね」



はっきりと言われたその言葉は、きっと嘘。

分かりやすいくらいのその嘘に、それ以上問いかけることも出来る。けれどそれを飲み込み「そうですか」と私も頷いた。



広瀬先輩は、『カノンさん』のことをきっと知っている。

だけど隠すっていうことは、何か理由があるんだと思う。そしてそれは、広瀬先輩に聞くことではない気がするから。



「けど、ちーが内海のことを知りたがるなんて珍しいね」

「えつ!?べ、別にただなんとなくで……」

「そっかそっか、よしよし」



その言葉に慌てて否定をする私に、広瀬先輩は楽しそうに笑いながらまた私の頭をよしよしとなでる。

そ、そんな言われ方じゃ、まるで私が内海さんを気になってるみたいじゃんか!

違う、そうじゃない。ただ少し、前より近くに感じてしまうだけ。だから知らない名前が引っかかるだけ。



そうだよ。彼はただの悪魔で、怖い人。それ以上の感情はない。気になってなんて、いないんだから。





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