ビター・スウィート




「……あ、雨」



時刻は夜七時を指す頃。

少しの残業を終え帰ろうと、会社の出入り口へとやってきた私の前には、ポツポツと降り出す雨。



昼間は晴れていたのに……。

急な雨に傘なんて持っていない。どうしよう、駅まで走ろうかな。



「どうした?」



そう真っ暗な空を見上げていると、後ろからかけられた低い声にビクッと振り返る。

そこにいたのは、透明のビニール傘を持った内海さんだった。



「内海さん」

「傘持ってないのか?」

「は、はい。朝晴れてたから……」

「まぁそうだよな」



彼は言いながらパンッと傘を広げ、こちらを見る。



「駅まで入っていくか?」

「えっ、いいんですか?」

「あぁ。どうせこの傘も、忘れ物入れから借りてきたやつだしな」



きちんと傘を持っているなんて用意がいい、と思ったけれど彼も持ってきてはいなかったのだろう。

「ほら」、とこちらへ傾けられた傘に少し戸惑うものの、一歩踏み込み入った。


< 87 / 211 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop