ラベンダー荘(失くしたものが見つかる場所)
「俺が旅をする理由を話したっけ?」

 康孝の言葉に、私は首を振る。

「俺はな、失うことを恐れないために旅をしてる。言葉も習慣も違う、自分を知るものが誰もいない場所で、現地の人と接していると、時々ふと気づくんだよ。がむしゃらに生きる過程で、知らぬ間に失ったものがあることを。」

 信也がそこで口を挟む。

「知らない間に無くしてるって怖いな。」

「まあな。でもそれに気づくときは決まって、小さな喪失感と後悔の念が入り混じった気持ちになるんだ。怖いとは少し違うかもしれない」

「俺は、康孝さんは帰る場所がたくさん欲しいのかと思ってた。だから旅をしてるんだって」

「それもあるぞ。そのおかげで俺はラベンダー荘にも出会えたし。」

 康孝はそれぞれの顔を見る。

「俺が失ったものはな―――」

 私たちは康孝の顔をじっと見つめた。

「お前たちが持ってるような純粋な生命力だよ。だから純粋さの中で、一生懸命生きてるお前たちを見ていると、素直に、美しいと思う。それは俺がもう二度と手に入れられない輝きだ。だから、もがき苦しんでるお前たちを見ても、たまに手を貸したくなくなるときがある。俺にはそれが、とてもキラキラして見えるんだ」

 康孝はラムネを飲み干しながら言った。

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