Pair key 〜繋がった2つの愛〜
兄と妹と、
斉藤一は急いでいた。
今日は例の大事な打ち合わせの日だというのに、仕事でトラブルが起こって退社が遅くなってしまったのだ。職場からほど近い場所にある、上司に教えてもらった料亭に走って向かう。
(もう揃ってるかもなぁ……初っ端から印象悪くしちまった。それで何かしくじったら・・・)
偽笑いを浮かべる妹の姿が思い浮かぶ。そうならないように努力しなければ、当分の夕飯が悲惨なものになりそうで、どう挽回しようか思い悩む兄。
しかし今日はどちらかといえばご機嫌取りをするというより、される側になる筈だった。それを思って少し胸を撫で下ろし、堂々と兄らしく振る舞おうと覚悟を決めて店へと入る。
案内された部屋からは、小さく話し声が聞こえた……
(さぁて、どんな野郎が待っているのか・・・)
*
「遅いなぁ~…何やってんだろう、朔のやつぅ…」
「お前は兄を呼び捨てにしているのか?」
「え?や…今のはノリで。普段はお兄ちゃんとか、兄さんって呼んでますけど・・・」
「そうなのか。随分と仲が良いのだな……滅多に兄の話はしない割に」
「そうですか?普通、だと思うけど・・・それはそうと俊哉さん」
「なんだ?」
「兄のこと、間違っても脅したりしないでくださいね?」
「なにを薮から棒に・・・いつ私が人を脅したというのだ」
「しょっちゅうやってるじゃないですか……無意識に目で威嚇したりして。職場の人に会うといっつも怯えてますよ?例外な人も少しはいるみたいだけど・・・」
「向こうが勝手に怯えているだけだ」
「だから、そういう雰囲気を出さないようにしてくださいね!初顔合わせで緊張してるかもしれないし……話辛いじゃないですか」
「そうなったらそれまで。また別の機会に話せば良かろう」
ズズッ…とお茶を啜る松元。どっしりと構えた姿は大黒柱のような貫禄がある。
斉藤愛音はそんな彼を眺めながら、もしかして彼も緊張していたりするのかな?と考えるも、すぐに払拭してしまう。
(まさかね……利道さんが緊張なんてするわけ無いっか・・・)
勿論、彼に緊張や不安といったものは皆無。胡座をかいて湯のみを手にする松元は、どちらかといえば品定めされる側であるはずが、まだ見ぬ相手を隙あらば試すつもりでいた。
ガタッ、ガタンッ――
襖戸の向こう、靴箱のある玄関のような造りの入口で音がして、慌ててそちらに向かう愛音。戸を開くと思った通り、自分の兄が立っていた。予想外にも背広を濡らした姿で――
「もう!遅いよぉ~、遅れるなら電話かメールくらい入れてよねっ」
そう言うなり兄の上着と荷物を受け取って部屋へと促す。
一方は脱いだ靴を揃えて棚にしまいながら、一方は濡れた上着をハンガーに掛けながら、夕立にやられて参ったと言葉を交わす。まるで夫婦のようなやりとりを当たり前のように繰り広げる様子に、僅かに眉を吊り上げた者があった――
朔は部屋に上がると改めて大きなテーブルの向こう側を見やり、そこに座って茶を飲む男を見て一瞬で固まってしまう。
(え……もしかして俺より年上!?)
こそこそと妹に耳打ちして確認を取るも、そうだよ?言ってなかったっけ?とさらりと返答されてしまう。
(き、聞いてねーよ!俺はてっきり年下か、せいぜい同い年くらいの奴だとばかり……)
再びチラリと横目に見ればガッチリと目が合う……貫禄に圧倒されつつも挨拶もしてないことに気付いて慌てて名乗り出たのだった。
「遅くなってすみません。あの……初めまして、愛音の兄の朔です」
「松元俊哉だ」
(た、態度デケーな!でもなんか逆らえない・・・)
そこへ兄の分の茶を淹れて差し出す愛音。そのまま、さき程まで自分が座っていた場所である兄の隣に座った。すると、それを見た俊哉が一言……おい、と言って目線で促す。
「あ、そっか……」
立ち上がった愛音は俊哉の隣に席を移そうとするが、チラリと見た兄と目が合う……
「・・・・(え、ヘルプ信号?)」
数秒間立ち往生した愛音は結局そのまま真ん中の位置に座り直すと……
「えーと……あいだ取ってココにするね?」
そう言って両者を交互に見ながら確認を取った。三者共に、しばし無言――
「ふふっ、なんかこうしてるとお見合いみたいだね」
張りつめた空気の中、笑ってそんなことを言ってのける妹に、兄は唖然としてしまう。
(お、おまえ・・・空気読めよ!)
直後、どこからか「ふっ」と漏れ聞こえたのは笑い声。
(え、笑った……?)
瞳だけで見上げた先に座る松元は、相変わらずの無表情。だけども妹はニコニコしながら彼を見ている……そんな二人の姿に意表を突かれ、惚けつつも、どかこ納得してしまう兄だった。
(そっか、そうだよな・・・愛音が選んだ男だもんな……)
ほんの少しだが肩の力が抜けた朔は、背筋を伸ばして問い掛ける。
「あの、妹から婚約したと聞いてるんですが……式は挙げるつもりなんですか?結納とかは…」
松元は少しばかり意外そうな、驚いた顔をしていた。そして問いかけに答えたのは妹の方だった……
「まっ、まだそこまで具体的には考えてないよっ!今日は別に打ち合わせじゃなくて、ただの顔合わせだから…!」
なぜか慌てている妹に対し、余裕綽々でお茶を啜る松元……アンバランスなようでいて、実は上手くバランスが取れているのかもしれない―― そんなことを考える兄はすっかりと気を緩ませて、松元の様子を窺った。なにから聞こうかと考えながら――
「……それで? 一君は仕事は何をしているのかね?」
(えええ…!いきなり尋問?しかも俺から!?普通は逆なんじゃ……)
完全に品定めされる側になってしまった斉藤一。
しかし流れに逆らえる隙など微塵も見いだせないまま、つらつらと自分のことを話し始めたのだった。
時々確認をしたり、相槌を打ったりしながら、次々に質問をする松元。それに答えていくうちに、松元の知識の広さと知能の高さ、経験豊富な優秀な人材であるだろうこと。おそらく管理職クラスの逸材なのだろうことを感じ取る兄だった。
二人のやりとりを、愛音は隣で嬉しそうに眺めている。
それが交流の始まり――
男同士が意見を交えた、初の顔合わせである――
今日は例の大事な打ち合わせの日だというのに、仕事でトラブルが起こって退社が遅くなってしまったのだ。職場からほど近い場所にある、上司に教えてもらった料亭に走って向かう。
(もう揃ってるかもなぁ……初っ端から印象悪くしちまった。それで何かしくじったら・・・)
偽笑いを浮かべる妹の姿が思い浮かぶ。そうならないように努力しなければ、当分の夕飯が悲惨なものになりそうで、どう挽回しようか思い悩む兄。
しかし今日はどちらかといえばご機嫌取りをするというより、される側になる筈だった。それを思って少し胸を撫で下ろし、堂々と兄らしく振る舞おうと覚悟を決めて店へと入る。
案内された部屋からは、小さく話し声が聞こえた……
(さぁて、どんな野郎が待っているのか・・・)
*
「遅いなぁ~…何やってんだろう、朔のやつぅ…」
「お前は兄を呼び捨てにしているのか?」
「え?や…今のはノリで。普段はお兄ちゃんとか、兄さんって呼んでますけど・・・」
「そうなのか。随分と仲が良いのだな……滅多に兄の話はしない割に」
「そうですか?普通、だと思うけど・・・それはそうと俊哉さん」
「なんだ?」
「兄のこと、間違っても脅したりしないでくださいね?」
「なにを薮から棒に・・・いつ私が人を脅したというのだ」
「しょっちゅうやってるじゃないですか……無意識に目で威嚇したりして。職場の人に会うといっつも怯えてますよ?例外な人も少しはいるみたいだけど・・・」
「向こうが勝手に怯えているだけだ」
「だから、そういう雰囲気を出さないようにしてくださいね!初顔合わせで緊張してるかもしれないし……話辛いじゃないですか」
「そうなったらそれまで。また別の機会に話せば良かろう」
ズズッ…とお茶を啜る松元。どっしりと構えた姿は大黒柱のような貫禄がある。
斉藤愛音はそんな彼を眺めながら、もしかして彼も緊張していたりするのかな?と考えるも、すぐに払拭してしまう。
(まさかね……利道さんが緊張なんてするわけ無いっか・・・)
勿論、彼に緊張や不安といったものは皆無。胡座をかいて湯のみを手にする松元は、どちらかといえば品定めされる側であるはずが、まだ見ぬ相手を隙あらば試すつもりでいた。
ガタッ、ガタンッ――
襖戸の向こう、靴箱のある玄関のような造りの入口で音がして、慌ててそちらに向かう愛音。戸を開くと思った通り、自分の兄が立っていた。予想外にも背広を濡らした姿で――
「もう!遅いよぉ~、遅れるなら電話かメールくらい入れてよねっ」
そう言うなり兄の上着と荷物を受け取って部屋へと促す。
一方は脱いだ靴を揃えて棚にしまいながら、一方は濡れた上着をハンガーに掛けながら、夕立にやられて参ったと言葉を交わす。まるで夫婦のようなやりとりを当たり前のように繰り広げる様子に、僅かに眉を吊り上げた者があった――
朔は部屋に上がると改めて大きなテーブルの向こう側を見やり、そこに座って茶を飲む男を見て一瞬で固まってしまう。
(え……もしかして俺より年上!?)
こそこそと妹に耳打ちして確認を取るも、そうだよ?言ってなかったっけ?とさらりと返答されてしまう。
(き、聞いてねーよ!俺はてっきり年下か、せいぜい同い年くらいの奴だとばかり……)
再びチラリと横目に見ればガッチリと目が合う……貫禄に圧倒されつつも挨拶もしてないことに気付いて慌てて名乗り出たのだった。
「遅くなってすみません。あの……初めまして、愛音の兄の朔です」
「松元俊哉だ」
(た、態度デケーな!でもなんか逆らえない・・・)
そこへ兄の分の茶を淹れて差し出す愛音。そのまま、さき程まで自分が座っていた場所である兄の隣に座った。すると、それを見た俊哉が一言……おい、と言って目線で促す。
「あ、そっか……」
立ち上がった愛音は俊哉の隣に席を移そうとするが、チラリと見た兄と目が合う……
「・・・・(え、ヘルプ信号?)」
数秒間立ち往生した愛音は結局そのまま真ん中の位置に座り直すと……
「えーと……あいだ取ってココにするね?」
そう言って両者を交互に見ながら確認を取った。三者共に、しばし無言――
「ふふっ、なんかこうしてるとお見合いみたいだね」
張りつめた空気の中、笑ってそんなことを言ってのける妹に、兄は唖然としてしまう。
(お、おまえ・・・空気読めよ!)
直後、どこからか「ふっ」と漏れ聞こえたのは笑い声。
(え、笑った……?)
瞳だけで見上げた先に座る松元は、相変わらずの無表情。だけども妹はニコニコしながら彼を見ている……そんな二人の姿に意表を突かれ、惚けつつも、どかこ納得してしまう兄だった。
(そっか、そうだよな・・・愛音が選んだ男だもんな……)
ほんの少しだが肩の力が抜けた朔は、背筋を伸ばして問い掛ける。
「あの、妹から婚約したと聞いてるんですが……式は挙げるつもりなんですか?結納とかは…」
松元は少しばかり意外そうな、驚いた顔をしていた。そして問いかけに答えたのは妹の方だった……
「まっ、まだそこまで具体的には考えてないよっ!今日は別に打ち合わせじゃなくて、ただの顔合わせだから…!」
なぜか慌てている妹に対し、余裕綽々でお茶を啜る松元……アンバランスなようでいて、実は上手くバランスが取れているのかもしれない―― そんなことを考える兄はすっかりと気を緩ませて、松元の様子を窺った。なにから聞こうかと考えながら――
「……それで? 一君は仕事は何をしているのかね?」
(えええ…!いきなり尋問?しかも俺から!?普通は逆なんじゃ……)
完全に品定めされる側になってしまった斉藤一。
しかし流れに逆らえる隙など微塵も見いだせないまま、つらつらと自分のことを話し始めたのだった。
時々確認をしたり、相槌を打ったりしながら、次々に質問をする松元。それに答えていくうちに、松元の知識の広さと知能の高さ、経験豊富な優秀な人材であるだろうこと。おそらく管理職クラスの逸材なのだろうことを感じ取る兄だった。
二人のやりとりを、愛音は隣で嬉しそうに眺めている。
それが交流の始まり――
男同士が意見を交えた、初の顔合わせである――
