Crescent Moon



自分なりに、懸命に生きてきたつもりだ。


走って。

走って、走って、走り抜いて。


そうしているうちに、あっという間にこの年になった。



そんな三十路間近の私に向けられるのは、冷たい視線ばかりだ。

主に冷たい視線を向けてくるのは、他の誰でもない、実の母親。


血の繋がりとはありがたくもあり、恐ろしいものでもある。

他人みたいに遠慮なんかせず、ズケズケ私の領域に踏み入ってくるんだから。




ある日、実家に立ち寄った私に、母親はこう聞いてきた。



「ねえ、まひる。あなた、誰かいい人はいないの?」

「ぶっ!!」


いい人って。

付き合っている人がいるかってこと?


突然の不躾な質問に、思わず口に含んでいたお茶を噴き出したのは言うまでもない。



「はい?」


不躾にも、ほどがある。

慌てて聞き返した私を気に止める様子もなく、涼しげな顔で母親はお茶をすすっている。



あー、痛い。

噴き出したお茶が気管に入り込んで、やけに喉に痛みを感じる。


唐突に、おかしなことを言い出すのは止めて欲しい。

心臓にも悪いし、喉にも悪いということを知ってしまったではないか。



まるで何もなかったかの様な様子の母親は、平然とした顔で再びこう聞いてきた。



「だから、いい人よ!今、彼氏はいないのかって聞いてるの。」


母親のその言葉は、私にとっては少し意外なものだった。


帰る度に仕事のことは聞かれても、恋愛のことなんて聞かれたことはなかったから。

だからこそ、驚いてお茶も噴き出したのだ。



私だって、もう若くない。

あと2年もすれば、30の大台に乗る。


聞かれたのは、これが初めてという訳じゃない。



「まひる、彼氏とはどう?」

「ねー、まひる、まひるは結婚しないの?」


友達には、よく聞かれる質問だ。

幾度となく聞かれ、その度に受け流してきた質問。


まさか、実の母親にまで聞かれてしまうとは。



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