Crescent Moon



その瞬間、環奈の目の色が変わった。



「冴島先生!」

「………!?」


環奈の声が、いつもよりも1オクターブほど高い。

鈴を転がした様な可愛らしい声で、環奈があの男の名前を呼ぶ。


同じ女の私が聞いても、ほんと可愛い。

男心を揺さぶるのは、まずはその声からなのだろうか。


小首を傾げて、環奈が自分の名前を名乗った。



「冴島先生、初めまして。私、藤崎 環奈っていいます!」


フワッとした動きで、環奈が自己紹介をする。



「初めまして。冴島です。藤崎先生は、何を担当されているんですか?」


この男、やっぱり二重人格じゃないか。

私と初めて会った時の態度と、環奈に対しての態度が違い過ぎる。


嫌な顔1つせず、笑顔で返す男に抱いたのは不信感。



ほんの数10分前、私の前で見せたのは、どこか嫌味な笑顔だった。

あなたのことをバカにしていますと、そう言いたげな笑み。


あの笑みを忘れてしまったかの様に。

見間違えかと思ってしまうほど、今のこの男の微笑みは爽やかさしか感じさせない。



何なの。

何なんだ、この男は。


口を挟む気にすらなれず、私は黙ってその様子を見ているしかない。



「音楽です。瀬川先生と冴島先生のクラスの音楽も、私が担当することになっているので………よろしくお願いします!」


環奈がペコリと頭を下げて、そう言う。

見上げた環奈の目と、あの男の目が合う。


必殺技の上目遣い。


クリッとした環奈の目が、悪魔の姿を捉える。



(落ちるな、これは………。)


大概の男は、環奈のこの上目遣いに落ちていく。


計算された角度。

研究し尽くされた、自分を最も可愛らしく見せる技。


落とすと決めた男を、必ず落とす技だ。



きっと、この男も落ちる。

今まで環奈がそうしてきた様に、いくら悪魔といえども、この男だって環奈の手の中に落ちるはず。


そう思っていたのだけれど、環奈の必殺技にあの男の表情が変わることはなかった。



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