Crescent Moon



酔っているせいだろうか。

いつもは出さないようにしている気持ちが、するりと口から零れ落ちていく。


こんな月の出る夜は、本当の自分でいたかった。

本音を隠してばかりの、大人の自分を捨てたかった。


強い自分という仮面も、大人の女という仮面も、全て捨ててしまいたかったのだ。



今日だけでいい。

今夜だけでいい。


飾らない、そのままの自分でいたい。



「三日月でしょう?」

「ああ。」

「真ん丸じゃなくて、欠けてるし。そんなところが、何か………私みたいだなって。」


独り言みたいに続く小さな呟きに、冴島が同じく小さな声で応えてくれる。

文句も言わず、茶化すこともなく、黙って聞いていてくれる。


同じように、空を見上げて。



「そう思ってたらね、ちょっとだけ寂しくなった。悲しくなったの。………あの月も、きっと同じだよ。」


空に浮かぶ悲しい月は、きっと私。

私と同じだ。


寄り添う星もない。

自ら光を発することも出来ず、そこで1人で浮かんでいる。



寂しいって、泣いてる。

抱えた孤独を打ち明けることも叶わずに、密かに涙を流している。


誰も見ていない闇の中でしか、自分を晒すことができないのだ。

きっと。



30近い女の、意味の分からない独り言。

独り言にも、きちんと効果はあったようだ。


その証拠に、さっきよりもずっと心が軽くなっているのが分かる。



閉じ込めていた感情を解き放つ。

それを聞いていてくれる人がいる。


そのことに、ここまで効果が伴うとは、自分でも思っていなかった。



大嫌いな男に、虚しく独り言を聞かせるなんて。

他人から聞いたら理解出来ないことを、ただ聞かせるだなんて。


酔っていなかったら、私はそんなことをしなかっただろう。

自ら弱味を見せるだなんて、意地でも避けていただろう。



今日は特別なんだ。

今日だけは、私にとっては特別な夜なのだ。


ありのままの自分でいたかった。

この月の下で、仮面をかぶっていたくなかった。


嘘をつきたくなかったのだ。



この三日月は、私、そのもの。


私が見ているのに、嘘なんてつけない。

つきたくない。



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