花の名は、ダリア

それから先に目の前で繰り広げられた光景を、ヨシュアは生涯忘れることはなかった。


「血を入れ換えられた子供たちは、二度と目覚めなかったでしょう?」


誰ともなく語りかけながら、ダリアが黒いコートを脱ぐ。


「当然よ。
私たちの血は、人間のソレとは全然違うもの。
ほら、こんな風に…」


そして鋭い牙を剥き出しにして、シャツ越しに自らの腕を食い破る。

顔を引きつらせる兵士たちが見守る中、ボタボタと床に滴り落ちていた彼女の血は…

真紅の霧に姿を変えた。

赤い、赤い、赤い。
視界が真っ赤に染まっていく。


「ぅ… ぅわぁぁぁぁぁ!」


パニックに陥った一人の兵士が、悲鳴を上げてダリアに銃口を向けた。

けれど、銃声は聞こえない。

目にも止まらぬ速さで動いたダリアが、その兵士を突き飛ばしたから。

いったいどんな力が、彼女の華奢な身体に秘められているというのだろう。

壁に激突した兵士の頭部は、まるで熟れたトマトのようにグシャリと潰れてしまった。

赤い、赤い、赤い。
赤が深くなってゆく…

ヨシュアはデボラの頭を抱え寄せ、赤い惨劇を見せまいとした。

けれどデボラはヨシュアの胸を押して腕の中から顔を出し、震える唇で、それでもキッパリと断言した。

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