ためらうよりも、早く。


私の分まで幸せになりなさいなんて殊勝なことや、重たい女にはならない。これが三十路に独りで向かう女のプライドだ。



鳴り出したスマホで我に返り、バッグから取り出す。だけれど、表示するその名前はかの男じゃない。


クライアントからの着信に出ないでいると、暫くして留守番電話に切り替わった。


そう、アイツを突き放して拒否したのは自分じゃないかと自嘲する。……本当にもう、私たちを繋ぐものはなくなったと。



――けれども、肝心の“さよなら”だけは言えなかった。



「ただいま」とヤツが顔を出すことはなくなる。「柚ちゃん」と呼ぶ男がいなくなる。優しいとも言われなくなる。そんな昔馴染みと縁遠くなるだけのこと。


心を巣食うものを断ち切ろうと必死なのに、私の人生に繋がりのある風船男の面影が浮かんでは消えていく。



それでも頭を切り替えるしかない。涙を拭って落ち着いたのち、クライアントに電話をかけ直す。その時にはもう、私の未来は決まっていた……。


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