ためらうよりも、早く。


運動神経が良くて助かった。ルブタンのハイヒールを履いて全力疾走するのは私くらいだろう。


お店を飛び出してすぐ、幸運なことに通りがかりのタクシーを止めて直ちに乗り込んだ。


とりあえず発車して貰うと、暫くして告げた先は「会社」。——やっぱり私には、仕事しかないのだと。



何度も聞こえた止まれのフレーズ。何度も私を呼ぶ、あの低い声。それらが耳に残って、何度も木霊する。


「待て!言い逃げすんな!」なんて、風船男がよく言えたものだと可笑しくて仕方ないのに。


ポタポタ、と大粒の涙が零れ落ちていく。ハンカチで慌てて拭いても、止め処なく溢れて止まらない。



広告塔のワンピースに、高級腕時計をつけて、ルブタンの靴で胸を張っていても。


本当の私は、いつまでも昔馴染みが忘れられないちっぽけな女だとつくづく思う。



アンタだけは幸せにならなきゃ許さない。そんなの、今の祐史なら簡単でしょう……?


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