恋のカルテ


「加恋ちゃん、そろそろ桜が満開になるころだね」

午前の回診で訪室した私に、トキさんはそう声を掛けてきた。

トキさん、鴇島肇さん四八歳は元プロカメラマンで、有名な雑誌の編集長などもしていたそうだ。

何度注意しても、私のことは名字ではなく、名前で呼ぶ。

他の患者の手前、本当はやめて欲しかったけど、最近は諦めて、素直に返事をするようにしている。

「そうですね。今日辺りが見頃でしょうか」

長い冬が終わりを告げ、遅い雪解けとともに開花する桜。

この地で春を迎えるのは今年で三回目だ。

そして、ホスピス専門のこの病院で医師として働き始めてもう、一年が過ぎようとしている。

教会が併設された平屋の小さな病院。

百床ほどのベッドは常に満床で、でも三カ月と同じ患者が使うことはない。

突然告げられた余命を、この大自然の中で大切に過ごしたいと希望する患者たちが全国からたくさん集まってくる。


「午後にでも、あの丘の上まで車いすを押して行ってもらえるかい? 久しぶりにカメラのファインダーを覗きたいなと思ってね」

「ええ、もちろんです。外はまだ寒いからたくさん着て行きましょうね」





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