A voiceprint

4 ドナー待ちの月子

 とある病院内でラジカセからkumiの曲が流れる。誰もが歌えるような手軽な曲調であり、ベッドの上の濱野月子はそれを明るく口ずさんでいる。それをカレである翔二が座って聞いている。

 月子はもう2年以上もこの病院から出られないでいる。生まれつき心臓が悪かった月子は小学生ぐらいまでこそ普通の子とそれほど変わらない生活を送ることが出来たが、大きくなればなるほど他の身体の部分が丈夫になる代わりに心臓だけは悪くなっていった。
 
 彼女は心臓の特に左心房と右心室に血流がだんだん流れなくなるという奇病にかかっていた。酸素が十分な環境で激しい運動さえしなければしばらくの間は問題ないとはされていた。しかし、自然治癒は不可能なため、手術をしなければ一生治らない病気でもあった。
 
 ならば手術をすれば簡単なことなのだが、ドナーが見つからなければ手術は出来ないし、今までに手術の件数があまりにも少ないため、手術の成功率もわからない。しかも月子にとって不運だったのが、彼女がRH-のAB型でしかもさらに特異種であったことである。大量の血を必要とするにもかかわらず、同じ血液の人が同じ心臓を持っている確率は約200万分の1、日本人としては600人程度しかいないとされているのだ。その人達がドナーとして心臓を提供してくれる確率は低く、何年も、へたしたら数十年待っても出会うことがないのである。

 それでも月子はいつの日か無事に退院して毎日外に出られるという日を楽しみに待っているのであった。

 翔二は中学生のときから月子のことが好きだった。まだ月子が入院をすることはなかったので、中学生の時分は月子の明るさと優しさ、そして高貴な美貌も兼ね備えた完璧な彼女に近づくことが出来なかったが、高校では入院や通院を繰り返し彼女の友達も徐々に減ってきていた頃に思い切って告白してから、見舞いがてらにデートを重ね長期入院している今も付き合っているのである。

 翔二の兄はあの良太であり、兄ほどの音楽的な才能はないので音楽の道には行かず、法律の勉強を踏まえ今は大学院生である。

 翔二は用事がないときはほぼ病院によっては月子の話し相手をしたり、頼まれごとのお使いをしていた。今日はkumiの新曲を買ってきたのだった。

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