委員長に胸キュン 〜訳あり男女の恋模様〜
「俺……ここを出る事にしたから」


 予定していた言葉を俺が告げると、おふくろは「えっ?」っと言って顔を上げた。その目は涙で濡れているから、嘘泣きしてたのではないらしい。


「田村の家に行く。ここにいたんじゃ、記憶が戻りそうもないから」

「今から?」

「ああ」

「もう遅いんだから、明日にすればいいじゃない」

「大丈夫さ。真琴に言ってあるから」


 俺がソファから立ち上がると、おふくろもすかさず立ち上がった。


「記憶なら、私がなんとかするわよ」

「……いい。取り敢えずは自分でやってみる」


 考えてみればおふくろはプロなわけで、本来ならおふくろを頼るべきだろう。だが、おふくろは今まで散々俺を騙してきたわけで、今は反省している様子ではあるが、信用は出来ないと思う。口には出せないけれども。


「そんな事言わないで、私にも手伝わせてちょうだい。ね?」

「もし、うまく行かなかったら頼むよ。じゃ、もう行くから」


 俺は部屋の隅に置いておいた、当面の着替えやら何やらを詰め込んだボストンバッグを掴み、玄関へと向かった。すると……


「母親を捨てるの!?」


 おふくろが後ろから抱きついてきた。


「違うよ。しばらくの間だけさ……」

「嘘だわ。あなたは私を恨んでる。だから私を捨てるつもりなのよ。そうでしょ?」


 俺はおふくろを振り向き、ため息をついた。


「そんなわけないだろ? 恨んでるかいないかと聞かれたら、そりゃあ恨んでるさ。でも、だからっておふくろを捨てるとか、そんな気ないから」

「本当に?」

「ああ、本当に。俺、おふくろには反省してもらって、これからの事を考えてほしいよ」

「これからって?」

「例えば田村さん、じゃなかった、おやじさんと話し合って、また4人で暮らすとか……」

「それは……」


 と言っておふくろは考え込む仕種をしたが、その表情からまんざらでもないように受け取れた。とっさに思いついて言っただけだが、そうなればいいなと、俺は思った。

 そんな事を考えながら、俺はマンションを後にした。

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