耳に残るは
壁時計を見ると、17時。

席を立つと、同期の美緒に声をかけられた。

「あ、山ちゃん。今日18時に上がれそう?」

「んーと、18時に手渡しで集荷依頼したい宅急便があるから、そのあとで18時10分でも良い?」

「いいよ。更衣室で待ってる」

「ありがとー、美緒。またあとでね」

窓際のコピー機前に移動し、原稿をセットしながら窓の外、空を見上げた。

夏の高い日差しに、快晴。

まだ夕暮れにはなっていない。

今日は、同期の美緒や年次の近い同僚と何人かで、仕事帰りに職場が

協賛している花火大会に行く約束をしているのだ。

協賛企業が確保できる観覧スペースがあり、そこが社員向けに開放されているので

苦労せずに見やすいところから花火見物ができる。

・・・にわか雨にならないと良いなぁ。

コピーボタンを押して、50部の印刷時間を過ごす。

あー、なんだか疲れたなぁ。

腰に手を当てながら首を回し「んぁー・・・」と無意識に呻いていたら、

後ろからクスッと笑う声が聞こえる。

振り向くと、彼が立っていた。

「お疲れ?」

肩をすくめながら「・・・見ちゃいました? すみません。使います?」

「うん。まだかかりそうかな?後にしようか?」

「50部コピーしてるんですけど。あと少しだけかかります、ごめんなさい」

「コピーか。じゃ、大丈夫だ。俺、スキャン使いたいんだけど場所、良い?」

「あ、スキャンでしたらすぐ使ってください。どうぞどうぞ。」

私は左にずれて、彼のための場所を空ける。

私たちは横並びに立っていた。

ちらりと横を見ると、目線の先には彼の肩が来る。

見上げなければ彼の表情は見えない。相変わらず大きいなぁ。

ストライプのシャツの袖は軽く腕まくりされ、引き締まった腕が見えていた。

私は、さらに目線を下げ、コピー機の液晶パネルを操作する彼の指先を眺めた。

(手。大きい。指も長いなぁ・・・)

「・・・山野さん」

見ていたことがばれたかと思い、内心慌てているのを隠しながら
「はい?」と言って目線を上げる。

彼は、私を見ることなくスキャナーのボタン操作をしながら質問してきた。

「・・・今日の、花火。行くの?」

「あ、はい。花火大会ですよね。行きますよ。美・・・私の同期の花村さんとか、あのへんの年次と
 一緒に固まって見ることになってるみたいです」

「そっか。俺も行くんだ。もしかして一緒かな?」

「そう、ですかね?私より上の年次だと、奥田さんとかも一緒なはずですけど。一緒ですか?」

「じゃあ、一緒だな。俺は奥田に声かけられてるから。
 お客さんとちょっと打ち合わせしてからだから、5分10分くらい開始から遅れるかもだけど。
 山野さんはオンタイムで行けるの?」

「私は間に合う時間に行けますよ。」

コピー50部の印刷が終わった私もまた、彼を見ずにトレイから50部のコピー原稿を手に取って質問に答える。

「先に着いてるなら、俺の場所、取っておいてくれる?なるべく急いで行くから」

「場所ですか?良いですよ」

トントン。手で50部のコピー原稿の高さをそろえながら私は答えた。

「山野さんの隣ね、空けておいて。良い?」

「え?」

手を止めて、彼のほうに目線をあげる。

気がつけば、彼はスキャンなんてとっくに終えていた。

横並びだった体をこちらに向けて、軽くほほ笑みながら

「悪いな。じゃ、あとで。よろしくね」と言いながらコピー機から離れて行く。

私は、私の反応を待たずにサッサと自分の席へと戻って行く彼の背中を見送った。

私の隣・・・?


不意に、6月の朝の彼を思いだす。

もう、こないだの朝のように、意識の外になんて出せないかもしれない。

就業時間は残り、50分弱。

7月の夜は、これから-。



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