1986年のグラスホッパー
渦巻き、流れる。


「思い出迷子。」

頭のすみで
誰かが囁いた。


汚れた靄(もや)は胸で渦を巻き
やがて空へと霧散する。



困惑

懐古

憧憬



この、白く儚いくるりを
どんな言葉で表せばいいのか。

名を付けられぬ感情に導かれるまま
ハンドルを切り
台形の土地へと辿り着いた。



…ほんとうに、ここ、かしら。




何もかもが、変わっていた。

壊された建物の土台
埋められた池
舗装された田んぼの畦道。



ここは

30年前
わたしの家があった場所。

30年前
追われるように去った場所。


震える手でドアを開け、車を降りた。



ぶわり、
風が一団で私を包み
そして去っていった。


…ああ、ここだ。

この風景を覚えている。

でも、小さい。何もかもが。


記憶の中の新幹線は、もっと遠く
虫を追って駆け回った草の原は
もっと広大だった。


向かいの
ガソリンスタンドのおじさんが
不審な目で私を見ている。

荒れ果てた空き地で
ぐるぐると螺旋を描き続ける
わたしを。




…思い出迷子、か。



わたしは
ここに来て
何がしたかったのだろう。



もう、帰る?


… いいえ、まだ。


…まだ、もう、すこし、



踏ん切りのつかないまま
蛇行して辿り着いた、塀の向こうに

わたしは、ついに見つけた。


ちいさな記憶の、かけらを。



「シロの小屋…!」


朽ちて骨組みだけになった
犬小屋の残骸。

池のほとりに植えられていた
捻れた大木。



…ああ、あった。 ここに。



わたしの頭の中の
消せない風景、そのままに

それらは、そこで
静かに朽ちていた。





人手に渡ってしまったこの土地を
30年間、訪れる機会など無かった。

けれど
五歳までのわたしの記憶は
たしかに、ここで形作られたのだ。


もう現実には存在しない家の
しかし確かにここに存在した証を

わたしは、しっかと目に焼き付けた。




やわやわと
生温い風が押し寄せてきた。


霧が、晴れる。

緑が、跳ねた。


もう、行きなさいと
祖母が、笑った気がした。


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