憂鬱なソネット
これ以上つっこんだところで、この空間において柔道着がいかに不自然であるかということは、寅吉に分かってもらえそうもなかった。


あたしは諦めて口を噤む。



すると、やっぱり寅吉は、じーっとあたしの目を見たまま何も言わないので、気まずさが戻ってきてしまった。




………なんか、喋らなきゃ。



えーと、こういうとき、どんな話すればいいんだっけ……。



ん、「こういうとき」って?



いま、どういうときだっけ?



あ、そうだ、これ、お見合いだった。



お見合いといえば………。




「………あの、寅吉さん、お仕事って、なにされてるんですか?」




そう、これこれ。


あたしはお見合い写真も見てないし、釣書だって見てないから、寅吉がどんな人物なのか、まったく知らなかったのだ。



あたしが知っているのは、高級ホテルのラウンジに、高校の体育で使っていた柔道着を平然と着てきちゃうような、変な男だってことくらい。




あたしからの質問を受けた寅吉は、眠たそうな目でゆっくりと瞬きをして。




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