秘密実験【完全版】



「家族のこと、好きなんだ?」


 杏奈は少し前屈みになり、耕太郎の顔を覗き込むようにして言った。


 本心とは裏腹に、興味津々の表情を装いながら──。



「まぁ……普通ですよ」


 照れたように鼻の頭を掻く彼はしかし、家族以上に大切なものはないと言っているのも同然に見えた。


 じゃあ、私は普通じゃないんだ。


 ……家族のこと、好きじゃないもの。


 杏奈は一瞬物思いに耽りそうになりながらも、耕太郎に控えめな微笑を投げかける。



「家族以外に大切な人っている? 例えば……彼女とか」


「彼女っ……!? い、いるわけないじゃないですか。……野球バカだった僕に」


 顔を赤くしながら、激しく首を振る耕太郎。


 予想通りの反応に、杏奈は笑いを噛み殺した。


 逆に「いますよ」とか言われたら、こっちが慌てるところだったわ。



「野球? ……あぁ、だから坊主なんだ」


「えへへ、分かります?」


 坊主頭を掻きながら照れ笑いをする耕太郎を見て、杏奈は複雑な感情を抱いた。


 笑うと目が細くなるところとか、やっぱり悠介に似てる……。


 野球詳しくないから、これ以上話は弾みそうにないけど。



「……コウちゃんとは、こんな形で出会いたくなかったな」


 俯きがちに呟いた言葉は、もちろん本心からではない。


 その瞬間、ハッと息を飲む音が聞こえた。



「えっ! う……、そうですよね。僕も……杏奈さんとは普通に、それこそ学校とかで出会いたかった」


 耕太郎は百面相をしながら、自分の複雑な心情を吐露した。


 ……学校で出会ったとしても、相手にしないと思うけどね?


 杏奈はそんな冷ややかな本心をおくびにも出さず、雰囲気を壊さぬように徹した。



「でも、コウちゃんがどうして……? こんなこと……」


 視線を落としながら言い、上目遣いに彼を見上げる。


 その愛らしくも切なげな表情に動揺したのか、耕太郎の喉仏が上下するのが見えた。



「っ……。杏奈さん──聞いてくれますか? 僕の……過去の話を」


 そして、彼は声を震わせながらポツポツと話し出した。


 リーダーが絶対的な存在である理由を……。


< 127 / 176 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop