秘密実験【完全版】



 地下室の突き当たりに位置する、通称“実験部屋A”の扉を開けた。


 案の定、鍵はかかっていない。



「ハァッ、杏奈さん……!」


 息を弾ませながら、室内に飛び込む耕太郎。


 その瞬間、身震いするほどの冷気が肌に突き刺さった。


 夏なのに寒い……エアコンも効いてないのに。



 背中を向けて座る真の後ろ姿を見ただけで、耕太郎はドキリと肝を冷やした。


 キャンバスの前に陣取り、油絵を描いている。


 ……なぜ、そんなことを?


 耕太郎は立ちすくんだまま、頭の中が真っ白になっていた。


 真に、油絵の趣味があったとは知らなかった。


 そんなことよりも、問題はそのモデルとなっている人物──。



「杏奈……さん?」


「……」


 ぐったりと壁に寄りかかる杏奈に声をかけるが、応えてはくれなかった。


 白いワンピースの腹部のあたりが赤く染まり、まるで花を咲かせたようになっている。


 よく見ると、太ももからも出血していた。


 経験のない彼でも、それが何を意味するのか検討がついた。



「あぁっ……!」


 耕太郎は頭を抱えながら、唸り声を上げた。


 悔しさのあまり歯ぎしりする。


 好きな女性も守れない、自分の無力さを痛感した。



「……なぁ、森。上手いと思わないか?」


 真が振り返らずにそう言って、絵の感想を求めてくる。


 確かに、素人にしてはかなりの腕前だった。


 杏奈の美しく歪んだ苦悶の表情は、不覚にも耕太郎の胸を高鳴らせた。


 ──あれ、でもこの顔どこかで……。


 ふいに小さな疑問が頭に浮かぶが、今はそんなに悠長に考えている余裕はない。


 耕太郎は強張った表情のまま、真の背中を見つめた。



「どっ……、どういう風の吹き回しですか? 絵なんて……」


 こんなときくらい毅然としたいのに、声が上ずってしまう。


 真はまだ振り返らない。



「俺が絵を描くのは不服か?」


「い、いえ……。そういうわけでは」


口ごもりながらそう答えると、彼はやっとこちらを振り返った。


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