それはきっと始まりでしかなく
先生といるとほっとした。
話すだけで安心に似たなにかを覚えた。陽さん、と呼ばれるとどきりとした。どうしてこうも揺さぶられるような心地になるのだろう。
それは全部佐野先生のせい。
家のごたごたが嫌になった妹が去年から都会の友人のもとに行っていたのだか、その妹が私に連絡を寄越してきたのは数日前のことだ。
――――お姉ちゃん、そのままでいいの?
それはバイトで貯めたお金を、勝手に引き出されたことだとか、物を売られたとか、そういうのを知っていての言葉だった。ありえない。未だにふらついている兄を毛嫌いし、また親を気遣っている妹が「一緒に暮らさないかって」いってきたのだ。
「妹が都会にいるんですけど、ここにいてもお姉ちゃんが辛くなるだけだから、一緒に暮らそうって言われたんです」
「お兄さんのこととかで、かな」
「そう。働いても働いても、あの馬鹿二人は好き勝手にするから、頭に来てるんでしょう。実際、私もそう」
参っていた。ぼろぼろだ。
一人きりで、バイトをしても貯まることがなく、怒声ばかり。うんざりして、それでいて心配になる両親。父はまだ出稼ぎに出ているからいい。しかし大変なのは母だ。母も参っているだろう。
誰にも言えない。いえるような人もいない。私は一人だ。それは母も同じだから、出来れば一人にはしたくなかった。
じりじりと肌が痛んだ。胸も痛い。
佐野先生が側にいると、泣きたくなるから嫌だ。なのに、いてほしいとも思う。
「私、バイトやめちゃったんです――」
「じゃあ、陽さんは行くんですか」
痛みに堪えきれず、私は駆け出した。
熱い砂と石の感触を足の裏で感じながら、泣くのを我慢した。「陽さん」低いけど、じんわりと響くそれは、聞いていたくなるような声だった。だからこそ、耳をふさいでしまいたくなる。
腰辺りまでの深さで私は止まった。海の水はじんわりと肌を冷やしていく。かわりに腰より上を、太陽は焼き付くそうとするかのように、熱くさせた。