それでも僕は君を離さないⅡ
「事故後の体調は大丈夫ですの?」

「うん。今は新人評価に頭が痛いよ。」

「坂下さんもまだですの?」

「今日中には出すよ。ラボの新人に大きなミスはない?」

「今のところありませんわ。ご用はそれだけかしら?」

「気晴らしに社内を回ってるだけ。」

「はっ?」

彼女には多少なりとも気分転換が必要なはずだと僕は思った。

「久保主任、深く考えないで。」

「坂下さんもかなり頭を悩ませてらっしゃるのね?」

「君よりはマシかもしれないよ。」

「んまぁ、ご冗談でしょ!私が悩むほどのものではないわ。」

「そうだろうな。君はいつでもエクセレントだもんな。言っとくがお世辞じゃないよ。」

彼女は相変わらずゼラチンのような唇を

これまたお色気たっぷり半開きにして高らかに笑い

デスクの下で悩ましげに脚を組み直した。

「坂下さん、私を口説くにはもう少し時間がある時にお願いしますわ。」

「そうするよ。」

僕はガラス越しにラボへ目を向けた。

白衣の検査医が各自の動きをする中で

長身の笹尾の位置はすぐにわかった。

勤務中の彼はごく普通のようだ。

僕はラボをあとにした。

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