名前を教えてあげる。


哲平は美緒の顎を指でひょいと持ち上げた。次の瞬間、哲平の顔が近づき、美緒の唇に哲平の温かくて柔らかいものがふれた。


優しくも強引に唇が吸われる。


美緒は抗えず、煙草とアルコールの匂いに満ちたキスを受け入れた。




「…大人をからかうんじゃねえよ、馬鹿」


唇と唇が離れると、哲平は低い声で言った。








生後半年を過ぎた恵理奈は、ようやくお座りをするようになった。

いろんなものに興味を示し、目を輝かせる。
特にお気に入りは、オウムの着ぐるみ「ピヨリン」が出てくる子供番組で、ピヨリンが歌い出すと、きゃっきゃと声を出してはしゃぐのが可愛らしかった。

相変わらず、食は細く、育児書に書いてある発育過程とは隔たりがあったけれど、美緒に不安はなかった。


『十人十色。人には、個人差があるんだ。焦ったら駄目だ』


順は口癖のように、美緒に言い聞かせていたから。


けれど、12月に入ると恵理奈は風邪をこじらせて肺炎を起こしてしまった。

1週間の入院の後、大学受験が秒読みとなった順の集中力を奪わないようにと、受験が落ち着くまで中里家に預けられることになった。

順の母、春香の提案だった。






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