名前を教えてあげる。
それなのに、自動車学校の待ち合い室を抜け、教習コースへと歩く哲平の姿を見つけると、美緒は何もせずには、いられなかった。

見えない引力で、美緒の目は哲平に惹きつけられ、足は哲平の元へと急ぐ。


「哲平!」

「おう」


哲平は、小脇にバインダーを挟みスラックスのポケットに両手に突っ込んだ格好で小さく微笑む。

いつの間にか、あご髭だけではなく、うっすらと口ひげも生えていた。
歩む速度は緩まずに、美緒の横を通り越して行く。


仕方ない。
ここは哲平の職場なのだから。

なら、せめて、もっと笑顔を見せて欲しい、と美緒は願ってしまう。


哲平とは似たもの同士だ。
心に深い傷を持ち、それは一生癒えることはない。

もうとっくに自分の教習は済み、用もないのに、こんな場所にいつまでも残っている。


家に帰ればいいのに。わかっていても気が重かった。
厳戒態勢の敷かれた二間しかない家では、テレビなど、自由にみることが出来なかった。


順は、寸暇を惜しんで、勉強に専念していた。
朝から晩まで。それこそ、修行のように。


表面上は平静を装う順も、日ごとに緊張とプレッシャーに押し潰されないように耐えているのが、美緒にも伝わってくる。





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