名前を教えてあげる。


「人の持ち物、気に入らないからって勝手に捨てちゃうなんて!
あの箱には、私の中学、高校時代の思い出がいっぱい詰まってたんだよ!写真なんてもう二度買えないものなのに!」


悔しくて悲しくて、自然にこぼれ出る涙を美緒は、コートの袖口で拭った。


「ママあ〜泣かないでよ〜恵理奈、ごめんなさいするから〜ごめんなさい、こうちゃん〜」


母親の涙に不安を爆発させた恵理奈が、大きな声で泣き出した。


「はん、あの時のキス、プライスレスってか?いい思い出があっていいね。
俺なんか男子校で野球に明け暮れてたから女の子と手を繋ぐこともなかったわ」


光太郎はすっと立ち上がり、ジャンバーを羽織って出て行った。


表の駐車場から車のエンジンをかける音がした。


パチンコに行きやがった……


美緒の涙はピタリと止まる。
先月は3万も負け、美緒の前で頭を下げてもう行かないと約束したのに。

ふわり、と白くて柔らかいものが美緒の顔に押し当てられた。


「ママ、はい、ティッシュ。恵理奈がおめめ、拭いてあげようか?」


ナイチンゲールの本を胸に抱いた恵理奈が美緒を元気付けようとして、両方の口角を無理に引き上げ、無理矢理笑顔を作っていた。




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