名前を教えてあげる。
階段を登る時も、五郎は何度も後ろを振り向き、都会から来た母娘が無事について来れているか確認していた。


「ママぁ、おしっこ!」


恵理奈が股間を抑えて言う。


「あ、トイレかね。おいで」


五郎の口調がふいに柔らかくなった。子供好きなのだろう。


「あ、私も…」


美緒は問題に答える生徒のように、ぱっと片手を上げた。宿に着き、ホッとしたせいか尿意を覚えた。


障子、掛け軸の掛けられた床の間、飾り彫りの欄間。

母屋の作りは美緒にとって、珍しいものばかりだった。


「昔は囲炉裏もあったんですが、前の持ち主が、孫が訪ねてきた時あぶねえってふさいじまったんです」


家の主の五郎ではなく、倉橋が説明してくれた。

夕飯は、倉橋一家も招いて、美緒と恵理奈の歓迎会になった。

倉橋と倉橋の長男夫婦。
その子供の小2と小1の年子の姉妹が五郎の家の居間に集まった。


前髪を眉の上で切り揃えたおかっぱ頭の由美と加奈は、赤い頬っぺたをしていかにも純朴そうだ。
同じ年頃の子供達3人は、女の子同士すぐに仲良くなった。


「雅子と言います。うち、この近くでよろず屋やってるんです。困ったことがあったら言って下さいね」

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