グッバイ・メロディー
「こうちゃん、いまわたしね、フォンダンショコラの練習してるんだよ。東京から帰ってきたら味見してくれる?」
くぐもった声が唸るみたいな返事をした。
同時に、お腹にまわっている両腕がぎゅっと力を込める。
よけいなお肉にむぎゅっと食いこんだので、瞬時に息を吸って下腹を引っこめた。あぶない。
「こうちゃん、がんばってね」
こうちゃんが疲れ果ててしまったとき、安心して帰ってこられる場所でありたい。
いつでもそうしたいと思えるような存在でいたい。
隣にいたって、わたしにできることなんか応援する以外にはなにもなくて、たまにどうにももどかしい気持ちになるけど。
それでも、隣にいるわたしにしかできないことだってきっとあるはずだ。
そういう使命を神様がくれたから、わたしはこうちゃんのお隣の家に生まれたんだ。
我ながらあまりにも傲慢でずうずうしい考え。
「季沙、ちゃんとここで待ってて」
こうちゃんは子どものように甘く、それでいてどこか大人びたような、ちょっとかすれた声で言った。
「うん。ずっと待ってるよ」
わたしにできるなにかは全部こうちゃんにあげる。
だからこうちゃんはそれを、こうちゃんを愛してくれる誰かに還元してくれたらいいなって思う。
だってわたしもこうちゃんの“ファン”だから。
かすかに、それでもたしかにうずき始めた未来を、いっしょに見てみたいって心の底から思うんだ。