私がいた場所。
「答えろ」
限界だったのは私もだった。
必死に留めていた雫をぽろぽろと落としながら口を開くが言葉にできない。見兼ねた目の前の男が刀をしまうよう言うとあっさり離れる。頬が十分に濡れたところでもう一度口を開いた。
「私はこの時代より百五十年程先の時代から来たものです」
できるだけはっきりと言った。
止まらない涙をこぼしながら話す私はどれほど滑稽に見えただろうか。いい歳した女でも死を目前にしてしまえば幼子のようなものなのだと痛感させられた。
「どういうことだ」
「私にもどうしてここに来てしまったのか全くわからないのです。ですが、これはただの死を目の前にした女の戯言などではありません。この服もあのようなところに一人でいたのもそのせいなのです」
声はどうしても震えてしまう。叫んでしまいたいのをどうにか我慢しているからだ。
もう一度口を開こうとする前に襖が開いた。
「歳、何事だ」
『歳』。彼をそう呼ぶのはきっと一人だ。
「近藤さん…市中に怪しい奴がいてな」
「だからといって女子に大の男二人が責め寄ってはかわいそうではないか」
困ったような顔で私を見る彼は本当に優しい人だと思う。
「君、もういってもいいぞ」
「あ…りがとうございます」
縄を解いてもらいながら言った私のつっかえながらのお礼に首をかしげられる。
「なにか問題があるのか?」
「近藤さん、何を…」
「歳、新選組は困っている民を助ける組織だ」
悟すように告げた言葉により眉根に皺をつくって私を見る。
「私、帰るところも服も金もありません。いまここから出していただいても死んでしまうでしょう。だから、ここで働かせてもらえませんか?」
ずいぶん思いきったことをしていると自分でも思う。だけど私がここにきたのは彼らが関わっているのではないか、そう思えてならなかった。
「しかし、女性がここにいるというのもなぁ…」
「男装でもなんでもします。どうか…」
三つ指をついて頭を下げると慌てて、顔をあげてくれと言われる。
「本気か、近藤さん」
「ああ、食事や洗濯をしてもらえれば隊士達の負担も減るしな。よろしく頼むよ」
優しげな笑顔にまた溢れそうになった涙をこらえてしっかりと返事をした。
「はい」






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