博士と秘書のやさしい恋の始め方
つきあってください、か……。

そういえば、このまえ言っちゃったんだよね、私。

その「つきあってください」っていうか、それっぽい台詞を。

ああもう、猫ちゃんサブレをもらったときだよっっ。

思い出したらまた恥ずかしくなる。

あのときは、可愛い猫ちゃんサブレをバクバク食べるなんてちょっと気が引けて。

だから「先生も一緒に食べたら同罪ですよ~」くらいのノリでつい。

今思うと「食べるの付き合ってください」って普通に言えばよかったのに。

なんであんなおかしな言い方したんだろう。

私、舞い上がっていたんだよね……。

先生とふたりきりで、私だけにってプレゼントもらって。

嬉しくてはしゃいで、ドキドキしていたんだよね。

あのとき――先生はどんな表情をしていたんだろう? 

お、覚えていない……。
思い出せないよっ。

そもそも、私自身どんな顔してあんな台詞を言ったのやら。

ああ、恥ずかしすぎる。

私ってびびりなくせに、ときどきこんなふうに大胆なウッカリをしでかすのだから。

「美緒~。“付き合う”ってさあ、どういうことなんだろうね」

「沙理……。そんな質問、いまどき中学生でもしないと思う」

ですよね……。

げんなりとため息をつく美緒に、私はあははと力なく笑った。

美緒は行動をおこしちゃえ!みたいに言うけれど、それはちょっと……。

曖昧でぬるい今の関係も、これはこれで心地よいというのも事実。

一歩踏み出してこの関係が壊れてしまうのが怖い。

先生に近づきたい気持ちはあるけれど、傷つくのは怖い。

“私ばっかり”はもう嫌だから。

それが本音だった。

「んー。沙理はさ、田中先生に言わせたいんだよね」

「言わせたいだなんて……」

「そりゃあこっちからお願いするより? 相手からお願いされて付き合いはじめたほうが? ちょっと立場的にいい感じではあるもんねー」

「そ、そんなんじゃないよっ」

美緒の言葉には明らかにとげがあった。

でも、その指摘はニュアンスこそ違うけれど、決して的外れじゃなくて……。

心を見透かされて、痛いところをつかれた私はうまく言い返すことができなかった。

「ごめん。沙理の気持ちわかってていじわる言った」

「え?」
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