博士と秘書のやさしい恋の始め方
いっそ先生が決めてくれたら楽なのに。なのに、わざと委ねるようなことをする。

「それじゃあ…………田中さん?」

「これはまた、驚くほど他人行儀な……」

なんでも好きに呼んでいいって言ったくせに……って、これはあまりにもあんまりか。

「じゃあ…………そうだ、ヤス!」

「そうくるか……」

「まったく、注文が多いですね…………“靖明くん”は」

くすぐったい気恥ずかしさをどうにかしたくて、私は先生にいっそうくっついて頬を寄せた。

「そんなふうに俺を呼ぶのはあなただけだ」

「……ダメでしょうか?」

「そうじゃない。その呼び方ができるのはあなた限定という話」

「特別、ですか?」

「そう、特別」

先生は包み込むようにふんわりと私を抱いてくれた。

嬉しすぎて顔がゆるゆるにやけてしまう。

でも、先生からはちょうど見えないので大丈夫。思いきり、ゆるゆるニヤニヤしてしまおう。

「ところで」

「はい?」

「すまない、一本だけ吸ってきてもいいだろうか……?」

そっか、煙草……ひょっとして、一生懸命に我慢してくれてたのかな? 

もちろん煙草はやめてほしい、ゆくゆくは。

でも、今は一生懸命に私の気持ちに寄り添ってくれたことが嬉しくて。なんていうか、その気持ちがすごく愛らしくて。ただそれだけで十分だった。

「どうぞ、行ってきてください」

「それじゃあ、一本だけ。すぐに戻るので」

「はい」

ベランダへ向かうパジャマ姿を見送ると、私は肌触りのよいタオルケットにくるまって幸せな気持ちでまどろみ始めた。

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