博士と秘書のやさしい恋の始め方
そんなことが話題にのぼるなど大問題。

しかしながら、三角さんはしれっとした顔で、おまけにあくびまでしているじゃないか。

「三角さん、それで――」

「ああ、とりあえず大丈夫よ」

大丈夫とは、何を根拠に?

「みんなね、田中先生の切ない片想いだって思ってるから」

「は?」

「田中先生は山下さんに惚れてるかもしれないけど、山下さんはみんなに優しいからねぇって。きっと本所に彼氏でもいるんじゃない? そうだよね、いなきゃおかしいでしょって」

「はあ……」

「ま、そういうわけで。田中先生は可愛そうな人ってことになっている、と。いいじゃないですか、同情してみんなが優しくしてくれるかもしれないし?」

なんだか釈然としない気もしないでないが、俺と彼女の関係が知られるよりははるかにいいか。

それにしても……。

「俺、そんなに顔に出ていますか?」

「うーん、そうねぇ。みんなにオープンな山下さんに対して、田中先生は山下さんにだけオープンって感じですよね。わかりやすい」

これは思ってもみなかった。俺本人としては、表情が乏しくわかりにくいのが自分だとばかり……。

「でもまあ女子から見ればって話ですよ。真鍋さんなんて、ぜんぜん気づいていないし、たぶんこれからもそう。そんなんだから合コン連戦連敗なんでしょうけど」

「これはまた手厳しいことを」

だが、三角さんの観察眼は頼りになる。およそ的確だからな。

そうであるなら、俺ももっと自分の態度や言動に気をつけなければ。

「とりあえず午後の作業のことはご心配なく。田中先生は安心して本所へお出かけくださいまし」

「今日はこちらへ戻りませんが、よろしくお願いします」

「彼女とよい週末を、かしらね」

やれやれ……。そうして三角さんに冷やかし倒された俺はテクニカルの居室をあとにした。


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