博士と秘書のやさしい恋の始め方
白衣を着ていたから事務職ではないとは思っていたけど、研究員の人だったんだ。

それにしても、その……。

「どうもー、松坂(まつざか)研の沖野でーす。玲奈(れな)ママの友達でーす」

髪もメイクも洋服も、やっぱり研究員っぽくないというか。

そして、見た目の印象もさることながら、話してみると余計にその印象は濃くなった。

けど――研究員ということは博士の学位を取得した研究者に間違いないし(うちの研究所で研究職に就くのに博士の学位は必須なので)。

ママ友ということは、ママ……なんだよね。

田中先生はこういう女性に心惹かれるのか。

私とはぜんぜんタイプ違うな……。

そんなことを思いながら、沖野先生の鮮やかに彩られたネイルをぼんやり見つめた。

「あ、これ?」

私の視線に、沖野先生が嬉しそうに両手を見せて華やかなネイルを自慢する。

「可愛いでしょお? 興味ある?」

「いえ、私は……」

別に模範的な秘書を目指しているわけではない。

でも、好ましいとは思ってないのは本当だ。

第一、仕事に差し支えるもの。字を書くにも、書類を扱うにも、水仕事をするにも。

けど……今の私、感じ悪かったかな? 

「素敵ですね」とか「私は面倒くさがりなので」とか、無難に返せばよかったのに。

なんか……嫌だな。

「もう、駿(しゅん)ママはちょっと自粛しないと。うちの保育園のママたちはなんとも思わないからいいけど。職場では悪目立ちしちゃうと大変でしょ」

そうか、三角さんのお子さんは玲奈ちゃんで、沖野先生のお子さんは駿くん。

玲奈ママと駿ママ。「○○ちゃんママ」と呼び合う世界って、私にはなんだかすごく遠い気がした。

「えーっ、だってどうせ実験とかさせてくれないしぃ。うちは家事も旦那のほうができるんだもん。アタシは好きなネイルして機嫌よく論文書くんだもんねー」

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