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彼と見上げる夜空には・・・

久々の月光浴は、穏やかで幸福な時間になるはずだった。
雲や、肌寒さに邪魔をされることは想定していたが、見知らぬ人の登場は、予想外だった。

さきほど現れた男性によって、美桜《みお》のご褒美タイムは、終わりを迎えようとしている。

彼に構わずに、月光浴を続けるつもりだったが、部屋へ帰ることを決めた。
男性は離れた所にいるが、時折感じる彼からの視線に、美桜が耐えられなくなってしまったのである。

残りのビールを飲み干し、月を見上げながら、美桜は立ち上がった。

次に、こうして穏やかな時間を迎えることができるのは、いつになるだろうか。天気予報は、しばらく傘マークが並んでいたし、ありがたいことに新しい翻訳の依頼もある。

すぐには、無理だろうなと、美桜は思った。

大きく息を吸う。月の光で浄化されたように思える夜の空気で、美桜の肺は、いっぱいになる。

まぶたを閉じると、月の残影が、まぶたの裏に映る。もう一度深く息を吸い、目を開けようとした。

「こんばんは」
突如、背後から、声をかけられ、美桜の肩が大きく上下する。

おそるおそる振り向くと、美桜よりも30センチほど背の高い男性に見下ろされていた。

「初めて、ここで人に会いました」
彼は、無表情で、美桜を見つめている。

中性的で綺麗な顔立ちをしている彼に、とても近い距離で見つめられ、美桜の心臓は、大きく跳ね出した。そのため、すぐに返事を発することができなかった。

まっすぐに美桜を見つめる彼から、視線を外すのが、精一杯だった。
別に男慣れしていないわけではない。男性経験だってあるし、男友達だっている。

なのに、彼の前に立った自分は、思い通りに動かない別物のようだった。

「こ、・・・こんばんは」
彼の足元に目をやり、なんとか言葉を発する。
彼からの熱い視線を感じながら、美桜は、頬が熱をおびていくのを感じた。


「帰るんですか?」

「・・・は、はい!」
心臓が、口から出そうなくらいバクバクとしており、それが彼に伝わらないか、美桜は心配になった。

勇気を振り絞り、彼の方へ顔を向けた。

彼の切れ長で奥二重の中にある瞳に、美桜は、絡め取られた。
とても綺麗な顔立ちで、緩やかなパーマがかかったような髪が、夜の風に遊ばれていた。

ゆったりとした黒い服を着ており、まるで夜空から遣わされた者のような雰囲気を纏っていた。

彼は、美桜から視線を外し、月を見上げた。

「今日は少し寒いですからね」
「そうですね、寒いですね」

月が良く似合う男の人だと、美桜は、思った。
このまま彼をずっと眺めているのも悪くないなと思えた。


美桜も、月を見上げた。美桜の緊張をよそに、月は代わらず優しく光っている。

「これだけ綺麗だと嫌なこととか、どうでも良くなる気がする」
「そうですね。癒されますね」
「綺麗な上に、可愛らしい」

月を眺める彼は、柔らかく、優しい雰囲気を纏っていた。
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