闇の中で、
002

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空を飛ぶという概念が思想の枠を出て早十年。人類も随分と科学技術を進歩させたものだ。しかし果たして、この進歩は進化と言っていいのだろうか。かの高名な学者様、今となっては老害扱いをされる彼なら、この世界をどう捉えるだろうか。変化は必ずしも進化でないと、部分的な突出は時に毒となると、唱えた貴方は。


空を飛ぶことにもう飽きてしまったのか、呆れるほどに欲に塗れた人類は、時空移動装置、俗的に言うとタイムマシンの開発に努めていた。そのため優れた技術者は優遇され、高額の給金とある程度の自由を与えられている。凡人の私が非凡の才を持つ友人に聞いた話では、成果さえ出せば出勤日数や生活態度などは一切合切関係ないと言う。
羨ましい、と思わないこともない。しかしそれは実力主義のこの社会では酷く正しいことで、その羨ましい待遇だって自分次第だ。要努力。頭の中のボードに貼り付ける。

それなりの給金とそれなりの不自由にそれなりに満足しながら、私は一日の仕事を終えた。技術者でなくても出来るただの資料まとめが私の仕事だ。
前文で言いそびれてしまったが、現在社会、科学技術が進捗した社会において、技術者以外の人間が就ける仕事は、ないに等しい。大手の会社は技術の必要ない仕事に、失敗する可能性を持つ人間ではなく機械をあてがることが多い。中小会社は単に人員を雇う余裕がないという理由で、初期投資だけで済む機械を導入することがほとんど。
そんな社会で技術を持たない私が仕事に就けていることは、とても幸運なことだ。とは言え、先ほど話で出た非凡の才を持つ友人の手助けあってのものなのだが。
ふうっと溜め息をついて、続けて深呼吸をして、すっかり暗くなった帰路を歩く。

街灯の足元あたりに、ちょうど人一人が蹲ったくらいの大きさのものが落ちていた。私と街灯の間は距離にして僅か十メートル。けれど夜目の効かない私には、それが一体何であるのか判別がつかない。
まさか、人じゃあるまいな。
無意識に狭まった歩幅のせいか、抱いた不信感のせいか、そこにたどり着くまでの時間を長く感じる。
すれ違うとき、視線をついと物体に向けた。向けて、逸らせず、立ち止まる。

「う、わ、あああああ」
喉から出る甲高い声が自分のものだと自覚し、それを力ずくに捩じ伏せようと理性が働くが、感情が一切の枷を振り払う。
「ああああああああああああ」
どこかで私が、獣みたいだと言った。
そこにあったのは、ぐずぐずになった肉塊、間で光る装飾品から辛うじて人間で「あったこと」が分かる。
「なんでなんでなんでなんで」
冷静に分析する私と分離しまったらしい彼女は依然喚く。うるさい。
仕方ないことじゃない。
彼女に語りかけるように、私は言う。
大丈夫。これ、人畜だから。
「ああああ、あ?」
どうやら収まったようだった。
もしかしたら自分かもしれなかった肉塊に手を合わせて、私は小走りにその場を去った。


end.
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