闇の中で、
001

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貴方、夢を見たことがあるかしら。
私、見たことがないの。

北からの風が肌に痛いくらい吹き付けていたその日。一時間に一本しか出ないバスを待って、僕はベンチに腰掛けていました。
随分と錆びたベンチでして、僕がまだ半分も体重をかけてないうちから、きいっきいっと鳴くんです。壊してしまいそうで、いつも、浅く。
するとどうでしょう。そんなベンチに、到底人が二人も座れそうにないのに、ふと視線を横へ向けると、少女が座っていました。音もなく、座っていました。この寒い時期には似合わない、大きな、顔を隠してしまうほど大きな、少女趣味なリボンで装飾された、麦わら帽を頭に乗せた少女でした。
少女は、麦わら帽の影で見えない顔を、確かにこちらに向けて、唐突に、そう言ったんです。

見たことがない?

僕は阿呆の鳥のように、少女の言葉を反復しました。まさか、と疑う気持ちが強かったからでしょうか、少し嘲るような口調になっていたかもしれません。
少女は、僕の大人気ない対応に気分を害した風もなく、こくり、とその首を項垂れさせました。ぽきり、という効果音の方が相応しいような首肯でした。

それはまた、なんで。

次のバスが来る時間まで幾分か時間があったので、僕は少女に聞いてみました。少女は困ったように首を傾げたように見えました。今思うと、困ったのではなく、そんな愚問をぶつける僕に、僕が、阿呆の鳥を見る時のように、呆れていたのかもしれません。
少女は、全くの躊躇を見せず、ひとり言のように、まるでその空間に、自分しかいないかのように、淡々と。

目が、見えない。
見えないものは、見えない。

僕は、やってしまった、と深い後悔の念に駆られました。不本意、とは言え、触れてはならない、柔らかい部分に、土足で踏み込んでしまったのです。
しかし、少女からは、不快を感じ取らせるものは窺えませんでした。依然として麦わら帽の影に隠れた顔も、その要因の一つかもしれませんが、真実、少女は不快を感じていない、どころか、何も感じていないのでした。何故だか、そう、分かりました。

ああ、そうでした。
どうして僕が、少女を殺害するに至ったか、でしたね。
だって、羨ましいじゃないですか。この汚い世界と、対峙せずに済む人生なんて。


end.
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