不機嫌主任の溺愛宣言

――35歳にもなって、恋をした事が間違いだったんだろうか。

疲れがピークに達していたからか、後ろ向きな思考が頭を掠めた。壁時計の秒針が進む音だけが小さく響く事務室。その孤独な静寂が忠臣の心を蝕んでいく。

長い人生の中で学んできた筈だった。恋愛が如何に愚かでくだらない事かなど。わずらわしい感情ばかりがぶつかり合い、残るのはいつも遺恨や妬みで。それほどまでに蔑んできた“恋愛”に、今更になって溺れた事がそもそもの間違いではなかったのかと、忠臣は眉間に皺を刻みながら考えた。

――俺らしくなかった。恋なんかせず仕事一筋に生きていれば、こんな馬鹿らしい騒動など起きもしなかったのに。まったく、本当に恋愛というのはいつも碌な結果を残さない。

過去の苦い思い出が数珠のように連なって蘇る。学生時代、好き勝手に惚れた腫れたを繰り返され巻き込まれ苛まされた日々。あの頃の苛立ちが今抱えてる問題と重なって、忠臣の心を暗い感情で塗り潰していく。

――…………恋なんか……恋なんかするんじゃ――

その時。
忠臣の思考を遮るようにスマートフォンのメール音が鳴った。

ハッと我に返り視線を画面に向けて見れば、そこには『姫崎一華』の文字。慌てて手に取り画面のロックを解いた。そして開いたメールには。

『お疲れ様です。まだお店でお仕事中ですか?あまり無理をしないで下さいね。

各店舗で欠勤者が相次いでいると言う噂を耳にしました。余計なお世話かも知れませんが、以前私がお世話になった派遣会社に問い合わせてみたら、臨時の単発派遣を扱ってるとの事でした。もしかしたらお役に立てるかもしれません。担当者の連絡先をお知らせしておきますので、もし必要でしたら利用してみて下さい。

物産展、頑張りましょうね。【Puff&Puff】もきっと前回を上回る数字を出して見せます。大成功を収めたら一緒にお祝いの乾杯をしましょう……なんて、気が早いかな。 一華』

一華の声が聞こえてきそうな凛と強く優しい文面に、忠臣はスマートフォンを両手で握ったまま「ああ」と呻きの声を零す。

――……俺は……大馬鹿だ。

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