不機嫌主任の溺愛宣言

――だって仕方ないじゃない。先週は雨続きだったうえ、隣町でやってたスイーツフェスティバルにお客さん持ってかれちゃったんだから。

福見屋デパ地下売り上げナンバーワンを誇る洋菓子専門店『puff&puff』の販売員、姫崎一華(ひめさき いちか)は、0,2パーセントの売り上げ下落の理由を考えて小さく唇を尖らせる。

子供のようなその拗ね方は一華の24歳という年齢を考えると滑稽だったが、彼女の容姿が全てを許せるものにしていた。

姫崎一華。街を歩けば男がもれなく振り返るほどの美貌の持ち主。小さな卵型の顔に陶器のような白い肌。天然なのにマッチ棒が3本乗るほど長い睫毛はクルンと綺麗に持ち上がって、黒水晶のような瞳をまあるく縁取っている。顔の中央をスッと走る鼻筋の下には、朝露を乗せたバラのような唇。これまた天然なのにフンワリと毛先だけカールの掛かったピンクベージュの髪が彼女の愛らしさを一層引き立たせ、その容姿は“天使”と形容してもおかしくない程だった。

そんな一華の表情が明らかに自分の説教に対し反発している事を読み取って、忠臣は冷静な表情のまま静かにこめかみに汗を流す。

「……えー、それでは今日も1日頑張りましょう」

定型の締め言葉で話を終えた忠臣だったが、その後の接客用語の復唱中、彼は気持ちを落ち着かせるように瞳を何回も瞬きさせていた。


※※※


その日の夜。
10時を指す壁時計の針を見上げた一華の耳に、玄関のドアを開く音と「ただいま」と静かで低い声が聞こえる。

それが一緒に暮らしている男の声だと分かっているが、一華は玄関に出迎える事はしない。まるでそんなものは聞こえなかったと言わんばかりに、彼女は自分の膝に頬杖を着いた姿勢でテレビを観続けた。
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