不機嫌主任の溺愛宣言

「用事?こんな時間に?」

「はい」

「何処か食事にでも?」

あまりに喰らい着いて来る忠臣にわずらわしさを感じ、一華はさっさと会話を切り上げようとそっけなく早口で答える。けれど。

「ちょっと警察に呼ばれて」

その一言を聞いた忠臣の顔色が予想外にも変わってしまったので、彼女は自分の迂闊さを恨んだ。

「警察だなんて、何があったんだ」

面倒な失言をしてしまった。けれど、警察に呼ばれたと言ってしまった以上、忠臣には職場の責任者としてそれを把握する権利があるだろうと思い、一華は素直にその内容を口にする。

「この間、通勤中に痴漢に遭ったんです。捕まえて突き出したのがこの駅の鉄道警察だったから、管轄がこの街の警察署で。今日はその件で呼ばれたんで行って来た帰りです」

一華の話には何の感情も籠もっていなかった。まるで仕事の報告をするように淡々と。女性として許しがたい卑劣な犯罪の被害者である筈なのに、彼女の言葉には同情を誘うような怒りも哀しみも含まれて居ない。ただ面倒事のひとつである、それだけだった。

むしろ、衝撃を受けているのは忠臣の方だ。

「それは……随分大変な事じゃないのか」

「別に。向こうは弁護士をたてて示談にする事を提示してきたんで、それでもういいかなって」

「示談って、君はそれで許せるのか?」
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