不機嫌主任の溺愛宣言

仕事の連絡用のガラケーから流れた着信音を聞いて、忠臣の顔つきが変わる。

「すまない。先に入っててくれ」

一華にそう言い残し列を外れた忠臣は道の端に身を寄せ、携帯の通話ボタンを押した。途端に電話からは右近の切羽詰った声が流れてくる。

『もしもし、右近です。すみませんお休み中に。物産展のディスプレイの施工の件なんですが、ちょっと問題が起こりまして。予定していた大看板が天井の耐久性の問題で吊るせないって言うんですよ』

「何?それは去年もやっているはずだ、何も問題はなかっただろう」

『それが、現場監督が昨年と違う人で。なんでも建築基準法だか条例だかが変わったとかで駄目だって言うんです』

あれだけ打ち合わせしておいて今更何を言うんだ。忠臣は業者の不備と、もっと念を押しておくんだったと云う自分への苛立ちで、チッとひとつ舌打ちをする。眉間に皺が刻まれ、彼の表情は人を寄せ付けないほど厳しく不機嫌なものになった。

『今から素材を変えて作り直すとなると時間もギリギリになるし予算にもかなりの負担が……』

右近が困っている事は明らかだった。大幅な予算の上乗せは副主任と云う彼の権限で判断するのは難しいだろう。

忠臣はしばし無言で顎に手を当てると頭の中で状況を整理した。耐久性が問題なら天井を部分的に強化すればいい。確か緊急の改修工事を行ってくれる業者のリストが会社のパソコンに入ってたはずだ。予算と日程の組み立てを急いで見直し、1番負担の無い方法を――

「今から向かう。看板の指示は保留にして待て。すぐに行く」

選択肢はそれしか無かった。物産展の責任者として今すぐ現場に向かわない訳にはいかない。忠臣が躊躇う様子も無くそう言うと、電話の向こうの右近は安心したように『分かりました。お待ちしています』と通話を切った。

このトラブルにどう対応するか。幾つかの策を頭の中に起こしながら忠臣は唇を引き結び携帯を閉じる。そして。

振り向いた瞬間、こちらを向いて立っていた一華と、視線が合った。
 
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