不機嫌主任の溺愛宣言

ゆっくりと振り向いた忠臣の顔には『今なんて?』と云う表情がありありと浮かんでいて、一華は恥ずかしさで顔をしかめてしまう。

「もう!なんて顔してるんですか!別に恋人なんだからいいでしょう!?」

以前から、いつ呼び名を『主任』から『忠臣さん』へ変えるべきかと、一華はひそかに考えていた。そのうちきっかけがあれば、ぐらいに思っていたのだが……今夜は彼がやけに恋人らしく見えたから。繋いだ手があまりに名残惜しかったから。一華はどうしても今夜は『忠臣さん』と呼びたくなったのだ。

けれど、忠臣にとってそれはあまりにも嬉しく突然の出来事で。一華への愛しさがみるみる理性を上回っていく。

「…………い…一華、」

返すように彼女の名を口にすれば情熱は益々加速して、押さえきれない衝動と云うものを、彼は全身で感じた。

夜の住宅街。ほの暗い街灯の下。忠臣は身体を振り返らせると、そのまま数歩先の一華の元まで駆け……彼女の身体を抱きしめてしまった。

「……好きだ、一華……!」

自分より20センチ近く低い身長に、華奢で柔らかな身体。ふわりと鼻をくすぐる甘い花のような香りと絹のような髪。それを己の全身で包み感じて、忠臣は気が遠くなりそうになる。

誰かを抱きしめると云うのは、愛する女性を抱きしめると云うのは、こんなにも心と身体を熱くさせるものなのかと。狂おしい程の情熱に襲われて。

そして一華も。その熱い想いに喜びを感じている自分を確かに見つけ、そっと腕を忠臣の背にまわした。ワイシャツ越しの広い背中。細身に思えたが意外にも男らしい堅い骨と筋肉の感触がする。

華奢な手が背に回されたことで、忠臣の情熱はますます昂ぶっていく。一華を抱きしめる手には力が籠もり、彼女はその感触に更なる進展の――キスの予感を感じた。

しかし。
次の瞬間。一華を堅く抱きしめていた身体ははじかれるように突然離れ、距離を開けるように一歩後ずさったのであった。
 
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