不機嫌主任の溺愛宣言


「忠臣さん……何か変ですよ。具合でも悪いんですか?」

食事中、ずっと魂の抜けた屍のようだった忠臣を心配して一華が声を掛ける。彼女が何を話しかけても「ああ……」と云うボヤけた返事しか返ってこないし、せっかくの鎌倉名物のシラス料理でさえ忠臣は無機質に口に運んでるだけに見えた。

それも仕方ないと言えよう。忠臣の心は嫉妬と不安と葛藤に埋め尽くされていたのだから。食事の味など分かるはずも無い。例え彼の器に唐辛子が盛られていたとしても、忠臣は黙々と口に運んでいただろう。

けれど、一華としてはデートの相手がそんな腑抜けた状態ではやはり不満だ。店を出ながら眉をひそめ話しかけてきた一華に、忠臣はどう答えるべきか迷う。

――君が俺に嫉妬などさせるからいけないんじゃないか。

不満そうな顔さえ愛らしい彼女の姿を見て、忠臣はそう言って固く抱きしめたい衝動に駆られた。けれど、ひとまわりも年上の自分がヤキモチだなどと、恥ずかしくて死んでも言えない。そんな彼なりのプライドが口を噤ませる。

その時、一華のスマートフォンが電話の着信を知らせた。「すみません、ちょっと出ますね」と言って、彼女は駐車場に向かっていた足を止めると人を避けて建物の壁際に身を寄せた。

心穏やかでない忠臣はその電話にさえ懐疑の気持ちを持ってしまう。相手はまさか、さっきの男じゃあるまいな……などと。

そんな女々しい自分に気付き、忠臣は眉間に皺を寄せてかぶりを振った。

――こんな自分は嫌だ。もっと彼女を信頼し堂々としていたい。

苦悩。35歳、初恋の苦悩である。燃え上がるような嫉妬と独占欲。しかし、大人の男としてそんな事に動じない懐の深さを見せたい。一華を信頼したい。

恋人が渦巻く葛藤に翻弄されているなどとは露知らず、一華は忠臣から少し離れた壁際の隅っこで何やら楽しげに通話をしている。

その姿を遠目に映し……忠臣はひとつの決心を固めた。

――妬いたり、君を縛り付けるような女々しい事はしたくない。けれど……俺だけの一華でいてくれ。

苦悩と葛藤の末に出した答えは、忠臣を併設された隣の建物へと走らせた。
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