Summer 7th Heaven

「ここじゃ」

長い廊下の突き当たりまでやって来て、おじいさんはようやく足を止めた。

案内された部屋は、図書室ではなく、一番奥の角部屋、ホテルだった頃はスイートか何かだったのだろうか?

入口にはコモンルームと書かれてある。

まず驚くべきは部屋の広さか?それとも豪華さか?

とても迷う所である。

休息室の様な所なのだろう、リラックスできるような内装になっているが・・・

小汚い格好の旅人には少々不釣り合いな気がしてならない。

大きなテーブルは、ダイニングテーブルのような立派で重厚感あふれる大理石で出来ていたし、その中心には、入り組んだ模様の大きな花瓶。

それに見合うほどの立派な花が飾ってある。

備え付けられたピッタリと合う趣味のいい落ち着いた数脚のイスは、アンティークのようだった。

その奥には立派なソファーが、社長室にあるようなテーブルをはさんで、対面して置かれてあった。

広いバルコニーにも出られるようになっていて、そこには白いテーブル、同じように対面して置かれたイスが一脚ずつ、手前と、奥の方にもそのセットが見えた。

周りには、いったい何という高価な木で出来ているのか想像もつかないほどの高級家具がぐるりと置かれてあり、その上に飾られた置物も、何もかもが、僕から遠い世界の代物で埋め尽くされているってことは確かだった。

小さなパーティーならここで十分出来るほどの豪華さだ。

天井には、映画でしか見たことがないような、蝋燭に見立てた明かりと、宝石の様なものがちりばめられている立派なシャンデリアも吊るされていた。

「スワロフスキーというやつじゃな」

おじいさんはそんな僕の視線の先に気づき、いとも簡単にそう言ってのけるけど・・・中々足の進まない僕たちは、入口の前でバカみたいに突っ立ったまま、言葉を失くしてしまうほどだった。

案内してもらいながら、こんなことを言うのも何だが、僕たちが落ち着けるかどうかは別ものだ。

もちろん、おじいさんは誇らしげだけど・・・

「ここを使いなさい」

そういうと、おじいさんはゆっくり部屋に背を向けようとした。

「長旅で疲れておるじゃろ?お茶でも入れるとしよう」

「何で長旅だと?」

おじいさんは不思議そうに僕を見つめた。

「その大きな荷物。ここいらじゃ見ん顔じゃしな、都心からきた若者以外何もんでもないわい」

おじいさんは瞳をキラリと光らせた。

「手伝うよ!」

慌てて荷物を脇に置こうとしたマナトがおじいさんに振り替える。

「ゆっくり休んでいなさい、それぐらいわし一人で出来るわい」

そう言って、嬉しそうに、なぜか浮足立った様子でその場を後にした。

「変なじーさんだよな・・・」

見えなくなると、マナトがポツリと呟いて、豪華なソファーにドサリと腰をかけた。

「何か言ったかのぉ?」

その遠くの方で、おじいさんの声が響くと、マナトは気をつけの状態のままでソファーから飛び上がった。

どうやら耳もいいらしい。

僕はおじいさんがすこぶる元気な事に大満足だった。

「これで、ここに居る間は大人しくするしかなくなったな」

僕が可笑しそうに言うと、マナトは不服そうにうなだれていた。

「つまんねぇ~!」

そう言いながらも、マナトは懲りずに部屋の中をグルグルと歩き回っては、興味深そうに眼を凝らしていた。

「これって、本物の銀食器かな?」

キラキラ光るしっかり磨き抜かれた水差しと、コップを両手に持って、シャンデリアの明りに照らしていた。

頼むから、何も壊さないでくれと、僕はハラハラしながらその様子を眺め、このまま黙って元ある位置に戻させる効果的な方法を僕は必死で考えていた。

「本物だろ?多分。地下に住んでるヴァンパイアに試しに行ったらどうだ?人助けになるぞ、もしかすると面接で役立つ武勇伝にもなるかもな」

「ボク、ここに居る間は大人し~くしとかなきゃいけないから、ソラ君、頼んだ。後で報告してくれまえ。」

こんな僕の脅しは、もうマナトには効果がないと思うと残念だったが、おじいさんという強い味方がいることを忘れてはいない。

「もしおじいさんに、地下の開かずの扉の掃除頼まれたら断れねぇーよな・・・よくわかんねーお札がいっぱい貼ってある様な・・・」

その一言にはさすがに効果があった様で、嫌そうに顔を歪めてから、マナトは銀食器を静かに元あった場所に戻した。

「全然笑えねぇんだけどっ!」

マナトのローキックが見事僕の足にヒットして、避ける暇もなくドサッとソファーに倒れ込む。その拍子にテーブルの上に置かれたあった岩の様なものが、コロコロと床に転がり落ちた。

「仲がいいのはいいがの、ゆっくりお茶でも楽しみなさい。あのツボの価値を少しでも話し合うと、そんな気も起らんと思うのじゃが?」

どうしておじいさんの言葉はこんなにも僕たちに効果を発揮するのか?

僕たちは叱られる小さな子供のように縮こまった。

「笑顔で人を切るタイプだよな」

マナトのささやきに僕は思わず笑いを堪えながら頷いた。

おじいさんはいい香りのするお茶の乗った盆を静かにソファー前のテーブルに下ろすと、床に転がったこぶし大の岩の様なものを拾い上げて、愛しそうに愛でていた。

「じっちゃん、それ何なの?」

マナトはおじいさんの近くまでやってくると、ソファーに腰掛けて、おじいさんが手にした岩の塊を目で追った。

「何だと思うかね?」

「・・・隕石?」

おじいさんはマナトの答えにひと笑いするとまたそれに目を移した。

「ダイヤの原石じゃ」

「えぇ!?」

僕たちは同時に叫び声を上げた。

「君たちの様なお客さんにはぴったりの代物じゃろ?」

そう言って、おじいさんはさりげなくテーブルの元の位置に置き直したが、そんな価値のあるものを、そこら辺の石でも飾る様に置いていることに、僕たちは酷くショックを受けていた。

「じっちゃん、それ金庫にでも閉まっておいた方がよくない?僕の中の悪魔が囁いたらどうすんの?」

真剣な申し出に、おじいさんはまたしても意味ありげにゆっくりマナトを見つめた。

「その時は・・・」

僕はおじいさんの次の言葉をハラハラと見守っていると、マナトも身構えるように険しい顔になっていた。

「そん時じゃろ?」

僕たちは一気に肩を落とす。マナトはまるで新喜劇の芸人のようにズッコケていた。

「一般的に原石には価値はありゃせん。ある人には大変価値がある代物かも知れんがの、採掘された原石の場所や状態、または加工のされ方によってその価値が変化するという特性はある。どうじゃ、中々興味深いとは思いませんかな?」

僕はいくらダイヤでも価値がないのだと聞いて少しがっかりしていた。

「君たちがいったい何を求めて、何を期待してここに来たのか知らんがの、価値あるものはいつの時代も、形には表せん。目に見えるだけでは、その価値は計れないという事じゃな」

そう言っておじいさんはもう一度ダイヤの原石に目を移すと、僕たちに向き直った。

「なに、老人のたわごとじゃ。」

と、フォ、フォと笑った。

「さて、君たちの邪魔をせん内に私は失礼するとしよう。本の続きも気になるのでな、今必要なものはこの部屋に全て揃っておる、何か他に必要なものがあれば、私は玄関ホール近くの席におるからいつでも呼んどくれ」

僕は玄関ホールの先にある ”アリスの庭 “を思い返した。

おじいさんは意外に少女趣味な所があるらしい。

ここで僕が丁寧にお礼を述べると、マナトがおじいさんを呼び止めた。

「じっちゃんが今読んでる、続きが気になる本って何なの?」

それには僕も興味をそそられた。

これだけの本を所有する図書館のオーナーが読む本は、やはりチェックしておきたい。

僕たちは期待を込めておじいさんを見つめた。

「トムソーヤの冒険じゃ!」

おじいさんの嬉しそうな一言に、僕たちは唖然とした。

「これだけ本があるのに、そこは未読なのかよっ?」

マナトの一言に、僕はたまらず噴き出すと、マナトは眉間にシワを寄せたまま不服そうに僕を見つめた。僕はますますこの図書館が気に入った。

「あのじーちゃん、本当に大丈夫かな?」

マナトの言葉を背中で聞いて、彼が姿を消したその先を眺めた。

「世界で一番まともな事があるとしたら、あのおじいさんかもな」

「確かに、ジョークが冴えてる人は、頭の回転が速いからな・・・」

真剣なマナトの顔に、僕は再び噴き出す。

的は大きくずれていると思いつつも、マナトの純粋さに、僕は羨ましくも思いながら、ソファーに投げ出された荷物から、大事なものを抜き取り、大理石のテーブルに向った。

早速これからのプランを立て始めなくては。
帰ってきた時の準備も兼ねて。

まず始めに、訪れなければいけない場所は決まっていた。

「で、ミューちゃんの家ってどの辺?お前の家だった所から近いの?お隣って言ってなかったっけ?」

マナトは淹れてもらった紅茶をすすりながら、「うめぇ!」と目を丸くしてそう言った。

「田舎の隣をなめるなよ」

「はは、だな!」

僕も一口含むと、何やらお洒落なフルーツの香りが口の中いっぱいに広がった。

疲れが一気に和らいでいく・・・

「場所はわかるが・・・中に入ったことはない。親が厳しいから友達は呼ぶなって言われてるってさ、だからいつも僕たちの遊び場所はあの楽園だったんだ」

「何か複雑そうな家庭だな・・・で、おじさんは何やってる人?」

「知らねぇ」

「何で?」

「子供の頃の話だ。小学生が相手の親が何やってるかなんて気にして遊んだか?」

「確かに」

マナトは納得した顏を浮かべる。

「ま、行ってみようぜ」

「了解!」

今日訪れる場所はここだけに留めておいた。
初日だし、宿泊場所も探さなくては行けなかったからだ。

野郎と同じ寝袋で眠りに就くのは勘弁して欲しい。

マナトは手にメモとペンと持ち、僕も荷物を最小限に抑えた。

お茶請けに添えられていたクッキーの一つを口に放り込み、マナトは残りもちゃっかり袋にしまい込んでいる。

準備が整ったところで、僕たちは早速、この豪華な部屋から飛び出した。

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