冬夏恋語り


『麻生漆器店』 の初商いは、正月三日。

元旦から営業する店も少なくない昨今だが、「正月はゆっくり休もう」 という店主の考えで、昔から三日が初商いと決まっているそうだ。

恋ちゃんと愛華さんの父親でもある 『麻生漆器店』 の店主に会ったのは、この日が初めてだった。

親の介護のために地方住まいの彼女たちの両親は、商売のほとんどを娘たちに任せているが、今日だけは先頭に立ち客の応対にあたっている。

ここでも福袋が人気で、そもそも取り扱う商品が安くはないものだけに、福袋の中身もそれなりの物が入っているらしい。

初商いの常連さんもいて、用意された個数は瞬く間にはけていく。

今日も 『友の会特別会員』 の席はにぎわっており、それぞれ家の商売もあるだろうに、ハルさん、ヨネさん、ミヤさんも顔を見せていた。

ひととおりの新年の挨拶を済ませたあと、ミヤさんがついっと俺のそばに寄ってきた。



「タケちゃん、恋ちゃんのところに毎日通ってるんだってね」


「……どうして知ってるんですか」



語りかけるミヤさんは、顔を寄せ内緒話のような小声で問いかけ、俺はさらに声をひそめて聞き返した。

ハルさんとヨネさんが、ニヤニヤしながらこっちを見ているのも気になる。



「この辺はわたしらの地盤だよ。なんでも耳に入ってくるからね、隠し事はできないよ」


「あはは……えっと、まぁ、そういうことです。はい」


「えらく素直に認めたね。うん、それだけ真剣ってことか」



耳が遠いはずのハルさんが応じて、ヨネさんからは、



「通い婚のリハーサルってとこかな?」



と、俺をあわてさせる発言があった。

思わず口に指をたてて、ご隠居さんたちのおしゃべりを封じた。

店内には恋ちゃんのお父さんがいるのだ、こっちの話が聞こえたらまずいではないか。

新年早々、ご隠居さんたちの追及がありそうだ。

笑顔で接客中の恋ちゃんの横顔へ視線を走らせながら、ふたりの仲についてどこまで話そうかと考え始めた。


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