冬夏恋語り


大学の出張講座で好評だった恋雪の講座は、毎回要望があり続いている。

今日は、今年度初めての出張講座の日だ。



「今年の予定、早めてもらったけど、大丈夫だったの?」


「うん、順番に決まりはないから問題ないよ」


「変わり映えしない講座内容なのに、毎年受けてくれる学生さんもいて、こんなのでいいのかな」


「そんなことない、みんな楽しみにしてるよ」


「ありがとう、頑張る」


「頑張りすぎないように」


「わかってます」



年に数回、講師を招いて行う出張講座、なかでも恋雪の 『日本の美意識』 は人気があり、今日も広い講義室の後ろまでぎっしり学生が座っている。

ざわつく声にまじって、遠くで鳥の鳴く声が聞こえてきた。



「ウグイス? ホーホーしか聞こえないけど、鳴く練習かな?」


「毎日聞いてると、少しずつ上手になるのがわかるよ。

そこに雑木林があるだろう、春は鳥の声がにぎやかだ」


「求婚するために鳴くんでしょう? 春よコイって鳴いてるのね」



春の訪れを知らせる声に耳を澄ました。

時間になり、進行係が講師の紹介をはじめた。



「本日の講師の先生をご紹介いたします。

お話してくださいますのは、西垣恋雪先生です。

先生は……」



俺たちが結婚したのは、昨年の暮れだった。

恋雪の部屋が更新時期を迎え、次の契約をどうしようかと聞かれ、「西垣恋雪で契約更新して」 と伝えた。

彼女の返事は 「わかった、そうするね」 だった。

俺たちの春は、一足先にやってきた。


翌日、麻生のご両親へ挨拶に伺い、その足で俺の実家へ行き、結婚することになったと報告した。

お袋から 「待ちくたびれた」 と言われ、「一日でも早く入籍しなさい」 とせかされ、恋雪の誕生日の前日に入籍した。

結婚式は考えていなかったが、ブライダルプランナーの義姉の仕切りで、式場の都合がつく2月に式を挙げた。

式は質素に、披露宴は顔合わせ程度で両家の親と親しい友人だけのつもりが、遠くの知人友人、上司にゼミの学生まで 「結婚式に呼んでくれ」 と言われ、結果的に百人以上の出席者となった。

最近にない大きな披露宴で、賑やかで楽しかったと今でも言われる。

先月には恋雪の妊娠もわかり、両家の両親もたいそう喜んでくれたが、ケンさんに報告できなかったことが残念だ。

ケンさんは、俺たちの結婚式のあとまもなく、体調を崩し入院したが帰らぬ人となった。

子どもができたと知らせたら、きっと喜んでくれただろう。



「箸置きについてお話します。

みなさん、おてもとという言葉をご存じですか。

おてもととは……」



恋雪の声が講義室に響く。

子どもが男の子だったら、ケンさんから一文字もらった名前で 「研」 と決めている。

女の子の名前だけ決めておけばいいのだが、これが難しい。

寒い雪の日に生まれた女の子に幸せが訪れるよう 「恋雪」 と名付けた麻生のお義父さんのように、願いを込めた名前にしたい。


恋雪と家族になって、秋にはもう一人家族が増える。

二匹のマンチカンは家の中を走り回り、子どものよい遊び相手になるだろう。

まだ想像でしかない家族の風景が、ぼんやりと思い浮かぶ。

講義室に入り込んだ春の日差しが反射して、恋雪の指輪がきらりと光った。

ウグイスの声がまた聞こえてきた。



                         
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