冬夏恋語り


農村部では、男女がある年齢に達すると、男女交友の準備がはじまった。

形式はいろいろで、若い男性が年上の女性に導かれることもあり、同じように若い女性にも経験の機会があり、男女ともに経験値は低くない。

そして、経験を重ねてから、男は意中の女の元へ向かうのだが、もちろん合意の上だ。

だが、それは必ずしも一対一ではなく、複数の異性との交際も発生する。

純潔はそれほど重要視されなかった、と説明したところで 「子どもができたらどうするんですか」 と、もっともな質問があった。



「子どもは母親のもとで育ち、地域も力を合わせて子育てする。

みんなで子育てしたんだ。母親の再婚も自由だった。

新婚の娘と、再婚した母親が、同時期に妊娠出産、なんてのも珍しくなかった」



ここまで来ると、学生の目は興味津々、身を乗り出して聞いている。

けれど、興味本位の関心ではない、ちゃんと学問として身につけようとしているのだ。

ウチの大学に入るには、そこそこ勉強しなければならなず、受験勉強を真面目にやってきた者がここに座って話を聞いている。

大学生は勉強よりも遊びを優先、アルバイトにばかり精を出している……などと言われたりもするが、ここの学生はいたって真面目である。

質問緒内容にもぶれはなく、レポートも読み応えのあるものを提出してくる。

講師として手ごたえを感じるのはこんな時だ。

今日は、女子学生からの発言もあり、充実した時間となった。

もっとも、手を挙げたのは俺をよく知る女子学生だったが……





講義のあと学生に囲まれ質問攻めにあい、それらに答え終えるのを待っていたのか、人の波が引いた講義室に女子学生が一人残っていた。

さっき意見を述べた彼女だ。



「西垣先生、お疲れ様でした」


「お疲れ。北条さんの意見、なかなか良かったよ」


「でしょう? 昔は母子家庭に優しかったんですね。

地域で子育てって、感動です。うちも母子家庭だから」



彼女とは以前から顔見知りで親しいこともあり、講義後ときどき話しかけてくる。



「妻訪婚、いいかも! って思いました。

ひとりの女の人に、何人も申し込むとかあったんでしょう? 

かぐや姫状態ですね。ドキドキです」


「暗闇で相手を間違えることもあったらしいぞ。

ほかの男と鉢合わせとか、違う意味でドキドキだろう」


「わぁ、西垣先生って、経験豊富そう。深雪お姉ちゃんの時もそうでしたもんね」


「おい!」


「あっ、ナイショでしたね。すみませ~ん」



北条愛華はファミレスでアルバイト中、俺と深雪とそれぞれの連れが鉢合わせた場面を目撃していた。

深雪と連れの男が立ち去ったあと、修羅場を終え呆然と座る俺たちに 「精算済みですから、ゆっくりどうぞ」 と伝えに来たツワモノだ。

彼女は深雪の家と付き合いがあり、俺たちが結婚寸前だったことも知っていた。

あのときの高校生がウチの大学の学生になり、教え子になったのだから、世間は狭いとよく言うが本当にその通りだ。

北条愛華と再会したのは、去年の秋、推薦入試の合格発表の日だった。

大学事務局の前で 「西垣先生、おひさしぶりです」 と声をかけられ、「その顔は合格したんだな、おめでとう」 と祝いを伝えて気がついた。

君の高校は、アルバイト禁止ではなかったのかと……

バイト歴がバレたら推薦取り消されます、黙っててください、と北条愛華に泣きつかれ、「ファミレスの件は他言しないこと」 を交換条件に承知した。

以来、俺たちは互いの弱みを握る仲になった。


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