冬夏恋語り


「けど、離婚後300日以内に生まれた子は、別れた夫の子どもだって、そんな決まりじゃなかった?」


「そうよ。でも、姑は私の浮気相手の子だと思い込んでるんだもの。

そんな人には法律なんて通用しないでしょう」


「浮気って、誤解なんでしょう?」


「誤解も誤解、そんな事実ないもの。

姑が、私が大学のゼミ仲間と一緒にいたところを見て、男子学生と仲よさそうに腕を組んでたって。

ゼミ仲間の飲み会くらいあるでしょう。酔った勢いで腕くらい組むでしょう」


「そこを目撃されたのか」


「何を言っても姑に信じてもらえなくて、旦那にも疑われて、信頼関係なんてもろいものよ。

愛情なんて薄氷と同じ」



婿入り同然の扱いの息子に不満があったお姑さんは、愛華さんの不始末と決めつけた。



「姑に何を言われてもかまわないけど、旦那に疑われたのはショックだったわね。

旦那がかばってくれると思ってたから……

修復不可能、何を言っても無駄と悟って離婚したんだけど、そのあと妊娠発覚よ。

子どもができたと言ったら、一応養育費を払うからって、そう言われたのよ。

一応ってなによ、人を馬鹿にするのもほどがあるでしょう。

だから、養育費はいりませんって言ってやったわよ」



それから、同時期に妊娠した実家の母親と二人三脚で子育てしてきた。

出産ギリギリまで講義にもでて、産後もそれほど間を開けずに大学に復帰した。

愛華さんの現状を知り手を差し伸べる人も多く、子持ちながら早々と就職が決まったのだと、愛華さんは胸を張った。



「自分の力だけではないことくらいわかってる。だから、みなさんに恩返ししたいの。

ハルさんたちには、本当にお世話になったから。恋ちゃんにもね」



姉の目が妹を優しく見つめた。

結婚して家を出るはずの妹の力になろうと、愛華さんが実家に戻ったのが一昨年、その後、恋ちゃんの婚約者が事故死した。


『私たち、別れるつもりだったから』


恋ちゃんの言葉がずっと気になっていた。

別れるつもりの相手から届いた婚約指輪を、彼女はどんな気持ちで受け取ったのか。

すぐにでも聞いてみたいが、ここで持ち出す話題ではない。

その前に愛華さんの話をじっくり聞かなくては。



「西垣さん、ありがとう」


「うん? 僕、何かしたかな」


「話を聞いてくれてありがとう。すごく落ち着いた」



年が近い愛華さんとは、いつのまにかタメ口になっていた。

客と店員という関係はすっかり取り払われ、友達か同胞に近い感覚だ。

好きとか気になるとかでもなく、親しい仲間に感じる感情が芽生えていた。

さぁ、次は恋ちゃんの番だ、じっくり聞くよと言おうとして、恋ちゃんに先をこされた。



「そろそろお開きにしましょうか。

龍たち、明日からテストでしょう? 母親が飲み歩いてたら教育に悪いよ」


「大丈夫、大丈夫、ウチの息子たちは、その辺はしっかりしつけてるから」


「翔太も息子? まぁ、愛ちゃんが育てたようなものだから、息子と変わらないか。

じゃぁ、今夜はこれでおしまい。西垣さん、ありがとうございました」



恋ちゃんの締めの言葉にうなずき、タクシー二台で帰ろうと提案した。

俺と恋ちゃんは同じ方向だから相乗りして、亡くなった婚約者のことを少しでも聞けたらと思っている。


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