世界で一番好きな人
第1章 マリッジブルー

出会ってしまった日

俵瞳子(たわら ひとみこ)、26歳。

大学を卒業してすぐに、県庁に就職。
キャリアウーマンとして働いてきた。

そして、同僚と成り行きで結婚が決まり、婚約。
すべては私の計画通りに進んでいる。

29歳までに子どもを二人産みたい。
そして、育児休暇を取って、3歳までは自分の手で育てる。
それからは、仕事に復帰する。

一人で生きていける女性になりたい。
結婚しても、相手は所詮は他人だから。
もしも一人になっても、生きていけるようにしたいんだ。

私の母も、そうだったから―――



「俵さん、お電話です。」


「はい。」



電話を取ると、他の部署にいる婚約者からだった。



「何?仕事中に掛けてこないでって言いましたよね。」


「いや、瞳子。今日の夕方、一緒にごはんでもどうかなと思って。」


「私用の電話はやめてください。それから、今日は残業なので。失礼します。」


「瞳子、」



ガチャ、と音を立てて受話器を置く。

どうしてか最近、彼に対して寛容になれない。
婚約が決まってからは尚更。
こんなふうに、仕事中に電話をしてくることなんて、私には許せない。



「俵さん、今の電話、もしかして船久保(ふなくぼ)さんから?」


「……そうです。」


「結婚決まってるんだから、そんなに無下にしなくたっていいじゃない。そのくらいの電話、上司だって許してくれるわよ。」


「だけど……、こういうの嫌なんです。」


「大丈夫なの?ほんとにあなた、船久保さんのこと、」


「ちょっと失礼します。」



上司の言葉を遮って、私は廊下に出る。

余計なお世話だ、と思う。
心配しなくても、私と彼は来月には結婚する。
それはもう、約束されたことなのだから。

だけど―――

私は、彼を愛しているのかどうかなんて分からない。
人を、心から愛するということが何なのかなんて分からない。

彼を好きになった一年前は、その気持ちを愛だと思っていた。
でも今になってみると、それは恋でしかなかった。
愛は、結局何なのか分からなくて。
だけど、私は結婚を選んだ。

早く、安定を手に入れたかったから。
計画通りの人生を、歩んでいきたかったから。


窓から都会の狭い空を見上げて、ふうっと息をついた。
一抹の不安が、胸をよぎる。

大丈夫。
このまま、きっと。

低気圧で不安定な空を見上げて、私はきゅっと唇を噛んだ。
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